日本の長期ビジョンを語ろう!

 『文芸春秋』2014新年号に「2030日本再生の6大シナリオ」が掲載された。
             ⇒ http://www.owaki.info/etc/vision/21vision.html

 当初、我々は年末、年始にかけて泊まり込みで、この提言のカウンター・プロポ
ーザルを出すこと、また、ある意味でこの提案を補強する提案を行うことを検討し
た。それは、この命題が、今、日本にとって最重要な課題であるからだ。このレ
ポートでも提言されているように、国会の場が目先の党利・党略に明け暮れるの
ではなく、長期的・大局的視点からの白熱した議論を期待し、また、一部のグルー
プの提言に終わることなく、若者を含む世代間の壁を超えた幅広い白熱の議論を
期待したいものである。

 今、日本のみならず世界において、単なる小手先の改革ではなく、文明史的大
転換、革命が要請されている。人類史を文明の興亡から見たトインビーは、高等
宗教が形骸化したときに、内的プロレタリアート(体制から疎外された少数の創
造的知的集団)があれば、文明は存続する。しかし、これさえも形骸化(体制化)
してしまえば、低俗宗教が蔓延し、外的プロレタリアート(異邦人)に侵略され、
文明は崩壊すると述べている。ルネッサンス、宗教革命、名誉革命、アメリカ独
立戦争、フランス革命の例を挙げるまでもなく、我が国の近代化の道を拓いた明
治維新もまた、“内的プロタリアート”が、既得権階層と国運を賭した命がけの
戦いを経てもたらされたものである。
 
 今回の提言を行った日本アカデミアのグループが、「内的プロレタリアート」
として、単なる既得権益の擁護に終わることなく、広く日本国民全体、さらには
 隣国、世界諸国を巻き込む人類普遍の原理を探求され、世界万民からも歓迎さ
れる高邁なビジョンを提示されることを期待したい。

 今回の提言に対して我々の所感を述べる前に、とりわけ現在わが国が緊急に必
要としている日本の長期的ビジョンの策定に関して、日本アカデミアがイニシャ
テイブをとられ、大胆な提言を成されたことに対してまず、謝意を表したい。ま
た、我々の提言は、この提言の欠けた所を補い、今後望まれる国民的議論のプラッ
トフォームづくりに多少なりとも貢献することを期待して発表するのが本意であ
ることを予めお断りしておきたい。
※なおこの提言の背景となった懇談会のメモ及び各氏の意見を公開する。日本、
アジアや世界の未来を良くしたいという方向は同じでもその方法において決して
同意見であると言うのはない。「和而不同」に留意頂きたい。
                     ⇒「アジア共生のビジョンを語る会」はこちら

「2030日本再生の6大シナリオ」に対する我々の感想は以下の通りである。

1、真の長期ビジョンの策定を!
 2030年は政策目標としては十分納得が行くものである。しかし、これは長期ビ
ジョンと言うよりは、中期ビジョンと言うべきであると考える。“「時間軸なき
政治」との決別”には諸手を挙げて賛成するが、この提言の根底にいまだ確固た
る史観が確立されていないように推察される。

2、価値観を確立し、真の総合性を!
 研究グループは5つに区分されているが、このグループ分けが最適であるのか、
再検討を要するであろう。トインビーが文明史を宗教という視点から見たように、
文明における文化の果して来た役割を決して軽視できない。人間は自然や社会に
生きるだけ無く、精神(心)の世界に生きる文化的存在でもあるからだ。

 例をあげれば、3つ目の「価値創造経済モデルの構築」グループのテーマは、
技術・経済に偏っている。価値創造という限り、文化的創造、社会システムの創
造も包含すべきであるが、これが等閑視されている。グループの研究内容に忠実
に従うなら「価値創造」と言う言葉を除くことにより誤解を避けられるかも知れ
ない。第1グループ、及び第3グループを始め、すべてのグループにとって価値創
造は目指すべき目標である。経済と価値、政治と価値等は、車の両輪であるから
だ。(参考:カンジーの7つの大罪) 価値創造と言う言葉は、総べてのグルー
プに着けるか、あるいは、すべて外すかであろう。経済モデルの創造だけに「価
値創造」を付けるのははたしてどうであろうか?思想は、世界観、歴史観、人生
観により形成される。人生観の確立があってこそ価値観が確立され、価値観によっ
てこそ政治・経済等の諸機能が統合される。総合性に努めようとするならば、並
列ではなく、価値秩序の確立、命にも匹敵する究極的価値観の確立が必須であろ
う。

3、受け身からグローバルな能動的提言を!
 日本人は、自然を神聖視し、「場(環境・空気)」を大切にしてきた。勿論、
相手に合わせる「和の文化」妥協や和譲も大切である。しかし、時にはこの「場」
を変えることが大切である。「日本を変えるには黒船のような外圧しかない」と
しばしば言わてきたように「空気」を変えることは容易では無い。第2次大戦中、
日本国民の大半が、米国に敗けるとわかっていても、破局の泥沼から抜け切れず、
一億玉砕の一歩手前まで行ってしまったことを「和の文化」日本の長所とともに
短所であることを猛省すべきであろう。この報告の各グループによる提言は、
「時代の潮流に合せよう」との受け身的姿勢が底流にありように見受けられる。

 我々は、歴史の相続者であると同時に、歴史を変革し、創造する主人公でもあ
る。どうなるかを探るとともに、「どうあるべきか?どうありたいのか」、本然
のビィジョンを描くべきではなかろうか?
 iPhone始め、米国が世界市場を席巻
してし続けているのは、「人間社会はこうあるべきだ」と言うグローバルなビジョ
ン、歴史的使命感を抱き、能動的に世界戦略を展開してきたからである。

 よく「日本人の頭には、日本地図しかない」と言われる。日本から世界を見る
だけではなく、世界から日本を冷徹・客観的に見るグローバルな世界観こそ必要
である比較文化、異文化コミュニケーションの重要性は今後、益々増すであろう。
(注2)

 今、日本に求められているのは、世界文明史における日本文明の役割(使命)
を見出すこと
である。米国が主導してきた近代文明が限界に至った今日、
これを乗り切る知恵を出し、東西を超えた新しい人類文明を解産することである。
(注3)これは個の近代文明と近代化で失われつつある連体(繋がり、場、生命
共同体)の伝統文明とを融合し、“平和で幸福、安心な社会”を共に創造するこ
とを意味する。これは決して不可能なことではない。なぜなら、西洋の追求して
きた個も、東洋が重視してきた連体(家庭や国家等の集団)も、存在様相の二面
性の両側面に過ぎないからである。

4、世紀に亘る長期展望を!
 提言の中での「人口減少を食い止め、反転させる特効薬はないことを大前提と
して議論することも重要です。」という言及には、我々は、正直、驚いた。どうして
自分を初めから金縛りにする必要があるのか?人口問題を考えるにおいて、
出生率、死亡率、移民政策は常識であるが、どうして移民政策の打ち出の
小槌を初めから捨ててしまう必要があるのか?
「移民を受け入れると問題が
多いから」というのでもあろうか? 「日本の適正人口は6~7千万人、移民を受け
入れる必要は無い」との意見も聞く。しかしである。国立社会保障人口問題研究所
の発表によれば、現在の1億3千万の人口は、46年後の2060年には、8674万人、
96年後の2110年には4286万人、186年後の2200年には1142万人、286年後の
2300年には、実に308万人に減少すると予測している。100年後の日本ならこの
意見も我慢できようが、さらに300年後、1000年後の長期のスパンで展望すれば、
このような考え方に対して、背筋の寒くなる気持ちを憶えるのは、我々だけでは
あるまい。

5、見落とされているいくつかの緊急の課題と選択肢
 日本をめぐる隣国との関係をどう再構築できるのか?原発推進、反対の論争の
激しい最中、日本のエネルギー政策をどうすべきなのか? また、国論を2分する
日本の安全保障と憲法問題をどうするのか?今回の中間報告では、このような
重要課題にまだ踏み込んでいないようである。

 日本はどのような方向を目指すべきか?先の人口激減に対して、日本は、単一
国家として行くのか、あるいは米国やEUのように多民族国家で行くのかの選択肢
がある。自国の生き残りを賭けて、覇権を争った帝国主義時代の頂点は第2次大
戦で過ぎ去り、人類恒久平和の地平が見えている。現状は、冷戦時代から米国の
独り勝ちの時代、中国やインド等の新興勢力とのせめぎあい、その他の弱小国家
は自国の生き残りをかけてナショナリズムに回帰しつつある。 このような中で、
日・韓は自国第1主義で共に滅びに至る危険から、共存・共栄・共義のビジョンを
描く道もある。 先の敗戦で日本は君主制(天皇主権)から民主制(国民主権)へ
主権が代わった。今、新しい意味での「国のかたち」が問われている。

 アリストテレスは、国家の統治形態を、一人による統治、少数者による統治、
多数による統治にわけ、それぞれについて、良い統治と悪い統治とを論じている。
一人の君主政治は僭主政治に、少数者による貴族政治も寡頭政治に陥る。そして、
多数者による「国制(共和制」の堕落した統治形態が民主政治であると述べてい
る。さらに、「民主主義」は最悪でも最善でもない「中庸(ほどほどの)」政治体制だ
とも述べている。民主政治が衆愚政治・劇場政治に陥り易いことを警告していること
も見逃せない。二千三百数十年も前に、国家の望ましい統治形態を構想し、民主
政治の問題点をも深く洞察し、予見した哲人が居たことは驚きである。
彼は、その著「政治学」で、至高善から説き起こし、幸福、徳治を説き、教育で
結んでいる。 今回の提言もこれに沿ったものと推察される。

 都知事選挙が今まさに始まろうとしている。その意味でも、目先の利害に惑わ
されることなく、長期的、総合的、本質的視点から、具体的かつ、強力な解決
策が提示されることを期待したい。


 ここで重ねて日本アカデミアの試みに賛辞を贈るとともに、全国各地、各世代、
各階層に未来に向けた夢あふれるビジョン、問題解決の糸口となるような提言が
あふれることを期待したい。願わくば、世界各国、各地の人々の参画も得て、共
に人類共存共栄、恒久平和のビジョンを構築して行きたいものである。12年前、
我々が未来構想戦略フォーラムを創立した本意もそこにある。(注4)

  平成26年1月23日
               NPO法人未来構想戦略フォーラム
                      共同代表 大脇準一郎 


 注1)トインビーは、現代の低俗宗教として、「英雄崇拝(復古型)」、「科学崇拝
    (現実逃避型、金権主義)」、「未来崇拝(未来逃避型、共産主義)」
    の3つを挙げ、現代の挑戦を乗り切るもっとも望ましい応戦として「変
    型(超克)」を第4の型として挙げている。

 注2)このことは自分の頭の中に世界観の一部として日本を入れることを意味
    する。「井の中の蛙」になってはいけないということである。
    「世界の不幸や誤解の4分の3は、敵の懐に入り、彼らの立場を理解し 
    たら消え去るであろう。」M. ガンジー)          
               
 注3)「感動的な日本の力」馬渕睦夫

 注4)「未来構想設立趣旨」

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    大脇提言:http://www.owaki.info/ http://www.miraikoso.org