吉田昌郎元福島第1原発所長3回忌追悼の辞

   有馬 朗人(ありま あきと、1930年9月13日 - )、
物理学者(原子核物理学)、俳人、政治家。勲等は。理学博士。
東京大学名誉教授、財団法人日本科学技術振興財団会長、科学技術館館長、
武蔵学園学園長、公立大学法人静岡文化芸術大学理事長(初代)。
文化勲章、旭日大綬章、日本学士院賞、ベンジャミン・フランクリンメダルなどを受賞。
国立大学協会会長、東京大学総長、理化学研究所理事長、参議院議員、
文部大臣、科学技術庁長官などを歴任。


 吉田さん、早いものであなたが他界して、はや3年目を迎え、感無量です。
あなた方の死線を超えた挑戦があったればこそ、今日の我々があり、日本が
3等国転落への道から転げ落ちるのを救ってくれました。

 海外では皆さんの勇気ある行動は、高く称賛され、大きく報道されました。
難問山積の我々科学者達にどれほどか未来へ立ち向かう元気を与えてくれた
ことか測り知れません。きっと日本人もいずれ遠くない未来に、皆さんの行動の
意味を分かる時が来ることでしょう。

 ご存知のように日本のエネルギー事情は、海外に依存しており、自給率は
わずか6%。2010年は火力60%、水力8.7%、再生エネルギー1.2%、原子力30
%であったものが,震災後の2013年には火力90.1%、水力8.5%、再生エネルギー
2.2%、原子力1.0%です。 これを見ると原子力が化石燃料にスライドしただけで、
これではCO2対策の憂慮すべき事態に陥っています。 近年注目されている再生
エネルギー、水素エネルギーも数多くの課題があります。
 当分つなぎとのエネルギーとして原子力の平和利用の道を模索せざるを得ません。
 戦争、殺戮の兵器として原子力の扉を開けたことは人類にとって真に不幸な
ことでした。しかし天体の運行から地核のマグマに至るまで宇宙を運行させる
エネルギーは核融合であることを鑑みる時、原子力探求の道を諦めることは
できません。ただ、科学・技術によって全知・全能を得たかのように錯覚し、
驕慢の陥った人類には、力にともなう道徳性を高めるまでは、まだその奥の
扉を開くことが許されていないのかもしれません。

 人類は、過去、氷河期、飢餓、疾病、戦争と数々の試練に直面しましたが、
そのたびごとに英知を絞って今日に至っています。我々、科学者は、真理や
事実の前に謙虚に、そして技術によって必ず問題解決はできるのだという楽
観論を維持して行きたいと思っています。

 現在、原子力問題の最大の課題は、使用済みの核燃料中に溜った、核兵器
への転用が可能なプルトニウムをどう処理するかということです。

 ところで、原爆製造の過程で最初の原子炉を設計したE.ウィグナー博士が
予言した朗報があります。トリウム熔融塩炉は、放射能の発生率は極めて少
なく、プルトニウムを発生せず、プルトニウムを再燃焼し償却できるという
利点があります。 この原爆の種を償却し、安全で、真の平和への技術開発
を進めることで、原子力に関わって来た多くの人達の職場も維持されます。
そのような新しい原子炉の開発を日本でしっかりやって行くべきであると思
います。

 今日、ここに集う仲間と共に、あなた方の命がけの勇気ある行動に心らの
感謝を捧げるとともに、安全で豊かなエネルギー資源開発の未来を拓くため
に、なお一層の努力を傾けることをご霊前にお誓いし、追悼の辞とさせてい
ただきます。

 2016年7月9日 
       武蔵学園長・公立大学法人静岡文化芸術大学理事長 有馬 朗人