2012.10.30(火)JBpress 全文はこちら⇒
倉田 英世:
昭和41年3月防衛大学校研究科卒業統幕会議事務局第2室・技術情報班長
、防衛庁技術研究本部陸開発官付5班長、陸上自衛隊化学学校教育部長、陸上自
衛隊幹部学校教官室長歴任。主な著書:核兵器』『人類滅亡と化学戦争』など。
日本は、平成23(2011)年3月11日の東日本大震災の後遺症として、無資源に
近い国家の電力エネルギー源確保に関して、核エネルギー発電から撤退し、太陽熱
・水力・風力・潮流などの自然エネルギーの徹底開発に移行するかのような方向
が不用意に示唆された。
しかし自然エネルギーは、日本の電力需要の1.2%程度の供給能力と量的に限
界がある。しかも日本は、現在発電用燃料資源の主力である化石燃料(石油・プ
ロパンガスなど)を、すべて輸入に依存する無資源国家であり、消費できる期間
は80年程度であることが示されている。
我が国は、第2次世界大戦敗戦後の経済成長期に、化石燃料が逼迫している無
資源国家の電力資源として原子力(核エネルギー)発電が将来にわたって継続的
に確保する上で、最良の手段と判断して採用し、事故当時54基の核エネルギー発
電装置を稼働させていた。
これは総発電量の約30%に相当する発電量を確保し、さらなる発電量の確保を
目指してきていた。
しかし、昨年の東日本大震災における、地震と津波という自然災害に加え、日
本政府と東京電力の怠慢が引き起こした「人為災害」によって、福島第一原子力
発電所において「3基の発電炉の水素爆発を含む炉の破損」によって放射能漏れ
事故を起こし、米国のスリーマイル島原発事故およびロシアのチェルノブイリ原
発事故を上回る大きな被害が継続中である。
そのため整備のために発電を中止し、ストレステストを含む点検を終わった大
飯発電所の1~2号基をようやく再稼働できたが、他の48基の発電炉の再稼働がで
きない状況下にある。
しかもこの国家的危機に際して、当時の菅直人総理が国民の信頼を失って退陣
する前に、無知な日本人が行う「暴走:スタンピード」と言われる悪弊から発す
る、「原発ゼロ」発言を行って退陣した。
その結果として、幸か不幸か化石燃料が尽きた段階における日本の核エネルギー
発電のあるべき新たな方向が、オボロゲながら見えてきた感がある。
現在、関西電力が点検を終わった原子力発電所の再稼働を模索している。が、
不可能であったため今年の夏の所要電力が18%不足した。そのため国を挙げて節
電に取り組むという厳しい時期を過ごさざるを得なかった。
福井県民が、原子力発電所の再稼働に合意しない状況にあったことが最大の原
因であった。このため平成24(2012)年5月5日までに、日本の54基の全核エネル
ギー発電所が停止せざるを得ない状況となり、経済に及ぼす影響が極めて大きかっ
たのが実態であった。
日本の核エネルギー科学技術は、「世界各国は、発電のために化石燃料、自然
および核エネルギーのベストミックスを追求する上で、日本に学ぶべきだ。原子
力でも再生可能エネルギーでも日本の技術は世界最高レベルを誇っている」 と
伝えた資料(「原子力とエネルギーの未来」(ニューズ・ウイーク 2011.2.23,
p41))がある。
日本がここで核エネルギー発電から退却することは、この世界の見る眼を欺い
て3流国家に成り下がる選択をすることとなる実態を警告しておきたい。繰り返
して言うが日本は、無資源国家なるがゆえに、この電力不足の危機から脱却する
には、核分裂、次いで核融合発電を追求する以外にない情勢の中にある。
その危機的現況から脱却するための最高の選択肢について、本論で概要を示す。
1.核エネルギー発電のあるべき方向
(1)新たな核エネルギー発電採用の方向
(2)トリウム溶融塩発電炉の研究
(3)現在採用している核エネルギー発電炉の問題点
2.望ましい核エネルギー発電
3.トリウム溶融塩発電設備
トリウム溶融塩発電炉に使うトリウム元素90(90Th)物質は、炉を運転する
際に科学的性能を予測できるという。
従って問題となる事態が発生し改善を要する際に、直ちに論理的な対策が見つ
かり対処できるので安全性が高い。
このことは、現用のウラン発電と大きく異なる安全で小さい一度燃料を装荷す
ると燃え尽きるまで自動的に運転できる可能性が極めて高いことを示している。
トリウム(90Th)は、炉内で中性子と反応してウラン232(U232)に変化する。
そのウラン232(U232)が核分裂する。そしてプルトニウム239(Pu239)に変化
し、核分裂反応する。
さらにPu239を加えて反応させるれば、ウラン原子炉では装荷したPu239の半分
くらいしか反応しなかったのが、トリウム溶融塩炉ではほとんど燃焼させること
ができる。
ここで過去に行われたオークリッジ研究所の実績とオークリッジ研究所が成功
していた研究について述べる。
1960年に研究構想が国家で認められ、本格的な建設が始まった。そして1965年
に臨界に達し、1969年12月までに事故皆無で、2万6000時間という長時間の運転
を行って必要なデータ取得を達成し実験を終わっている。
以上の実験成果があったのに米国では中止し、核兵器と同じウラン系を採用し
ウラン軽水炉を使う方向で発展させてきたのである。
以上述べたように、トリウム溶融塩核燃料が「機能良好かつ安全な核エネルギー
発電炉」を建設できる可能性を示していることが理解頂ければ幸いである。
溶融塩核燃料炉に関する詳しい核物理化学的な内容については、古川和男氏著
の『原発安全革命』(文春新書)を参照されたい。
まとめ
福島核エネルギー発電施設の人為的な損壊によって、日本の核エネルギー発電
の将来が危ぶまれ現在運転中以外の発電炉の稼働ができない事態が継続している。
大飯原子力発電所の調査が終わり結果が政府に提示され、ようやく発電を開始
できた。が、現在の政府は首相以下調査結果を判断し、「発電再開にゴー」を掛
ける知識も意思もなく我が国の将来にわたる電力確保政策の方向も示し得ない状
況にあることが懸念される。
地方分権は望ましい方向だが、現在48基すべて停止する運命にある核エネルギー
発電所は、危険なるがゆえに遠隔かつ過疎の県に高い補助金を積んで納得させな
がら設置されてきた。
しかしその電力は、県下に供給されるのではなく、東京・大阪をはじめとする
多数の人口を抱える経済圏の需要を賄うために使われてきた。
ちなみに日本は、第2次大戦後の占領下で受け入れた、権利と義務の権利だけ
を主張し、個人主義を利己主義として恥じない民主主義が定着した国家になって
しまっている。
そのため、いったん事故が起きるなどの不具合が発生すると、反対する県民を
納得させるために補助金、優遇措置などを提供して県知事に了解を得なければな
らない、おぞましい情けない進展不能な状況下にある。
しかも三菱重工業、東芝、日立製作所という、世界に冠たる核燃料発電会社を
抱えているが、発展途上国からの建設受注の可能性を棒に振る犠牲を払わざるを
得ない状況下にある。
この厳しい現況を脱却し得る光明が「トリウム溶融燃料発電システム」である。
目ざとい中国は、昨年3月11日の日本における大地震以前に、公式にこのトリウ
ム核エネルギー発電施設開発を宣言していたが、大震災以前はほとんど関心を示
していなかった。が、震災以降世界的に注目されだし、本格的な進展が期待され
ている。
日本でも賢明な有識者物理科学研究者集団である「株式会社トリウムテックソ
リューション」がいまだ私的レベルであるが、トリウム溶融発電システムの本格
的な研究・開発に乗り出してきている。
もんじゅと常陽に2兆円を投入したことを反省し、トリウム溶融塩炉の開発は
100億円規模で可能と言われている事実を信頼した国家としての研究投資を期待
する。
日本は、自民党時代の2009年に、早くもニューズ・ウイークで「リーダー不在
のポンコツ日本政治」と蔑まれていた。これは決断できない日本の政治に対する
厳しい批判であった。
が、民主党政権に交代して一段と低落に拍車がかかり、世界のジャーナリズム
が取り上げることさえしなくなってしまっている。
我々はこの事態を深刻に受け止め、「平成維新」を敢行して有史以来の日本に
復帰する足がかりとするために立ち上がる第一歩として、このトリウム溶融発電
システムに取り組まねば将来はないことを自覚した行動を開始しなければならな
い。