Date: Tue, 08 Mar 2016 08:13:54 +0900 From: 大脇 <junowaki@able.ocn.ne.jp>
Subject: 日本では「危機」の研究が足りない

日本では「危機」の研究が足りない
「吉田調書は教訓のデパート」「読めば読むほど深い洞察とヒントがある」―。

3・11(東日本大震災)から4年。政府や国会に先駆け、大震災1周年に合わせて福島第一原発事故についての「民間事故調報告書」をプロデュースした船橋氏が今回、昨年9月に政府が公表した「吉田調書」を徹底検証して『吉田昌郎の遺言-吉田調書に見る福島原発危機』を刊行(自費出版)した。

筆者は「本人が絶対に公表しないよう求めた」同調書に収められた“生の声”から「伝えようとしたことの結晶を取り出す」ことで、故吉田昌郎所長の“遺言”と位置付ける。

死の恐怖に耐えて「東日本壊滅」を食い止めた現場責任者の証言から得られたのは「危機が大きければ大きいほど人間のリーダーシップが重要」との教訓。経験もマニュアルもない過酷事故への対応の核心は「リーダーの人間力」という分析だ。

「小さな安心を求め過ぎて、大きな安全をおろそかにする」「日本は今もなお、原発過酷事故の時の緊急対応部隊を持っていない」と指摘する船橋氏は、「日本では危機の研究が足りない」と憤る。「一番重要なのは“危機検証”」との主張だ。

控室での揮毫は「検証なくして真実なし 真実なくして教訓なし 教訓なくして備えなし」だった。 時事通信出身 泉 宏
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http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3856371/naiic.go.jp/
  国会事故調の委員長を務めた黒川清氏が会見し、記者の質問に答えた。
黒川氏の新著『新著『規制の虜 グループシンクが日本を滅ぼす』(講談社)が3月10日に刊行される。
司会 倉重篤郎 日本記者クラブ企画委員(毎日新聞)による会見リポート
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国会事故調委員長・黒川清さんの嘆き
写真・図版:国会事故調委員長・黒川清さんの嘆き
会見する国会事故調の黒川清委員長=2012年7月6日、東京都千代田区

 福島第一原発事故の国会事故調委員長を務めた黒川清・元学術会議会長が、WEBRONZAのインタビューに応じた。国会が法律を作って調査委員会を設置するのは憲政史上初。「請求権」と「国政調査権」が与えられた事故調は、国政調査権は使わなかったものの、請求権を使って担当者が東電の資料を全部見た。電気事業連合会からも資料を出させた。その結果は分厚い報告書にまとめられ、英訳もされた。この報告書は海外で高く評価され、米科学振興協会(AAAS)は黒川さんを「科学の自由と責任賞」に選んで2月に表彰した。ところが、肝心の日本では「そもそも、国会事故調は民主主義の機能強化であるという基本からして理解されていない」と黒川さんは嘆く。7つにまとめられたせっかくの提言が生かされる道筋も見えていない。
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東京電力福島原子力発電所事故調査委員会、別名国会事故調は、「2011年東北地方太平洋沖地震に伴う東京電力福島原子力発電所事故に係る経緯・原因の究明を行う」、
「今後の原子力発電所の事故の防止及び事故に伴い発生する被害の軽減のために施策又は措置について提言を行う」ことを目的として、東京電力福島原子力発電所事故調査委員会法に
基づき国会に設置されていた委員長黒川清(医学博士、東京大学名誉教授、元日本学術会議会長、元内閣特別顧問)

委員
石橋克彦(地震学者、神戸大学名誉教授、元東京大学地震研究所助手)
大島賢三(独立行政法人国際協力機構顧問、元国際連合大使)
崎山比早子(医学博士、元放射線医学総合研究所主任研究官)
櫻井正史(弁護士、元名古屋高等検察庁検事長、元防衛省防衛監察監)
田中耕一(化学者、株式会社島津製作所フェロー、ノーベル賞受賞)
田中三彦(科学ジャーナリスト)
野村修也(中央大学大学院法務研究科教授、弁護士、コンプライアンスの専門家)
蜂須賀禮子(福島県大熊町商工会会長)
横山禎徳(社会システム・デザイナー、東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム企画・推進責任者)

参与(2012年2月9日任命)[9]
木村逸郎(京都大学名誉教授、財団法人大阪科学技術センター顧問)
児玉龍彦(東京大学アイソトープ総合センター長)
八田達夫(大阪大学名誉教授、政策研究大学院大学名誉教授
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3856371/naiic.go.jp/blog/reports/digest/
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失敗から学ぶ姿勢あるのか 変わらぬ日本に強い危機感
研究テーマ:3.11から5年研究会回数:12

恒例のゲストブックに「グローバル世界はどんどん変わる 日本はどうする フクシマから何を学ぶのか?」としたためた。
2000年前後、米国帰りの型破りな東京大学医学部教授、東海大学医学部長として、厚生労働省の審議会で移植医療の見直し論議をリードした黒川清さんだが、近年はもっぱら東京電力福島第一原発事故をめぐる国会事故調査委員会(国会事故調)の元委員長として、各国の研究者らから講演を求められている。

日本記者クラブでの登壇も今回が7回目で、うち5回は原発事故後。つまり、ここ5年は毎年国会事故調絡みで話をされているのである。メッセージの基調は毎回同じだった。「日本は変わっているのか?」。明らかに反語的な問いかけである。
「日本の憲政史上初めて、国会が作った民間人による独立調査委員会」を率い、実質半年ほどで大部な報告書をまとめた。

38人を委員会に呼んでヒアリング、ほかに1167人から900時間のヒアリング、9カ所の原発と海外視察、避難者1万633人からのアンケート、現場作業員2415人からのアンケート、3カ所でのタウンミーティング、委員会や報告書のウェブ上での常時公開――。成し遂げたことへの自負がにじむ。
だが「スポンサー」である立法府に対して、①原子力規制の在り方の立法府による監視②政府の緊急事故対応の見直し③住民の安全、健康に対する政府の責任④原子力発電にかかわる事業者の監督⑤新しい原子力規制機関の在り方⑥原子力にかかわる法律等の改正⑦今回のような独立調査委員会の活用――の7つを提言したものの、実施に向けた計画さえ作られていないことが無念でならない。
原発事故の根本的な原因を、失敗から学ぶ前向きな姿勢・態度が弱いこと、さらには責任の所在が不明確で、ご都合主義でごまかしを続けがちなことに求める。
社会的な流動性が低く、組織内での純粋培養、単線路線が強い日本式システムでは「グループシンク(集団浅慮)」が幅を利かせ、異論が出にくいからとみる。
中根千枝の「タテ社会の構造」をはじめ、原発事故や日本社会を考えるうえで参考になる内外の書籍を挙げた。最新著作『規制の虜 グループシンクが日本を滅ぼす』(講談社)はさらに詳しい。
「○○新聞社員」ではなく、本当のジャーナリストたりえているか。グループシンクにまどろんではいないか。そうした切っ先をたびたび感じる会見だった。

朝日新聞東京本社論説委員 大牟田 透

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吉田昌郎・前福島第一原発所長の逝去と周辺の出来事

政府や東電の幹部連中と激しく対立しながら、福島第一原発の事故収束に当たってきた吉田昌郎・前所長が7月9日午前11時32分、都内の病院で亡くなりました。58歳という早すぎる死でした。「それで爆発したら、また死んじゃうんだぜ」
吉田昌郎・前福島第一原発所長の病気の経過については、過去数回、記事にしてきました。いまだ、世間に出回っているネット情報の中には間違いどころか、同氏に対する意図的な悪意さえ感じられる記事が、今でも消えることなく残されています。
それらの情報の一部は、原子力ムラ側からのディスインフォメーションを元にして書かれたものです。

プライバシー守秘のため、ここに多くを書くことはできませんが、去年の5月から数回にわたっての吉田前所長のお身内とのメールのやりとりから、少なくとも、誤解(正確にはデマという)がこれ以上広からないように、事実を書いておこうと思います。
知りもしない情報を元にして死人に鞭打つようなマネをするなど、これ以上の愚劣な行為はないでしょうから。

日本の原発推進新聞たちは、吉田氏の無念の死について、「事故以降の被曝量は70ミリシーベルトで、東電は『医師の判断では、事故による被曝と食道がんとの因果関係はない』と説明する」と、ここぞとばかり繰り返しています。

もちろん、原発推進メディアが法定外部被曝線量限界値内の70という数字を繰り返し出すのは、なんとしてでも、「原発事故による死亡者はゼロ」ということにしておかないと、再稼動できなくなる恐れがあるからです。
毎度のことですが、こういう場合は、外国メディアのほうが前後の状況までをも関連付けて報道しているので、自分で評価する余地が残されているのですが、日本の大メディアの場合は、他の一切の考え方を許さないような書き方をするのが特徴です。
上の動画、あるいは国会事故調査委員会の調査が入った後に、東電が出してきた本店とのやり取りの動画の中には、吉田前所長の怒鳴り声が何ヵ所か入っています。

今、そうした映像を見ても、有楽町の暖房がガンガン利いている本店で、まるでビデオゲームをやっているかのように、現実感のない対応に当たっていた東電の幹部連中とは対照的に、鬼気迫るものを感じます。
事実、当時の社長だった清水正孝などは、東電に入社以来、ただの一度も福島第一原発の敷地内にさえ入ったことがないのです。
吉田前所長の怒声には、悲壮感が漂っています。

「ただ、水を入れればいいと思っていたのかよ。まわりで我々見てるんだぜ。それで爆発したら、また死んじゃうんだぜ」。(最初から22秒)
「また死んじゃうんだぜ」。どういう意味だろうか…。この記録映像は2011年3月16日に撮られたものです。


3月12日15時36分、1号機建屋で最初の水素爆発が起こったとき、約1時間程度遅れて、東京のキー局もその模様を映し出しました。
そのとき、アナウンサーは、こう言ったのです。
「1号機で爆発がありました。40人ほどの東電社員が負傷した模様。今、病院に救急搬送されています」。

初期の頃とはいえ、少なくとも数百万人の視聴者が、これを聞いているはずです。
人数は、40人、あるいは150人とも報道されていたと思います。
私に記憶違いがあるとすれば、この人数の点だけです。数字の違いは、テレビ局の報道の混乱によってもたらされたものです。

その動画は、どこを探しても見当たりません。その人たちは、いったいどこに消えたのでしょう。
少なくとも、最初の1号機の水素爆発で、大きな怪我を負った東電関係者(協力会社も含めて)が多数いたはずなのです。

それとも、これはまったくの誤報だったというのでしょうか。
上の動画を観ると、吉田前所長は、真冬そのものの暖房のない環境での極度のストレスに加えて、虚血状態に悩まされ続けていたことが分かります。

同氏は決死隊を募るに当たって、「私には無理強いはできない」と報道記者に語っています。
しかし、ほとんどの部下は、自発的に吉田前所長と運命を共にすることを選んだのです。
これは、多くのメディアで何度も報道されています。

死を覚悟した「本物の決死隊」でした。
吉田前所長でなければ、これほど多くの、自ら死を覚悟した部下は集らなかったでしょう。
口出しをしたり、デマを飛ばして現場の作業を妨害したのは、国民の生命を守るはずの政治家たちだった

国会事故調査委員会の報告で明らかになったことですが、菅直人の官邸が、まさにカタストロフィー一歩手前の状況にも関わらず、一日何十回も吉田前所長に直接電話をし、状況報告を迫っていたことが、大いに事故対応の障害になったとされています。
それだけでなく、官邸が「原子炉への海水の注入を一時中断するよう」、直接指示を出していた、という報道に、国民の政権に対する不信感が一気に噴出しました。
しかし、これは事実ではなく、しばらくして分かったことですが、デマを流したのは安倍晋三サイドであったことが判明しました。
混乱に乗じて、当時の政権に対して、ネガティブな印象付けをやっていたのです。
北半球が壊滅するかもしれない、というときに。
その同じ男の内閣が、再び法令違反を繰り返して、全国の原発を再稼動させようとしているのです。

現場の作業を邪魔したのは、活断層の真上に原発を造り続けてきた自民党の安倍晋三のような国会議員たちだったのです。なんと恐ろしい人間たちなのか。
その後、不思議な偶然がいくつか重なって、カタストロフィー寸前でのところで食い止めることができました。

この間、報道陣は完全にシャットアウトでしたが、吉田前所長の独断で、二人だけ部外者を構内に入れて、細かく案内しています。
ひとりは、浪速のジャーナリスト、今西憲之氏。もうひとりはシンクタンクの青山繁晴氏です。

吉田前所長は、「どうか、この福島第一原発事故の真相を広く世間に公表してください」と祈りを込めるように、この二人に自分の思いを託したのです。だから、この時点で既に死を悟っていたのです。
この件について、吉田前所長は、有楽町の東電本店の経営幹部たちには、一切知らせることはありませんでした。
現場に外部から人を入れることについて、事前に了承を取るようなことをやれば、すぐに現場からはずされてしまうことを知っていたからです。

案の定、突然、あの背の高い白髪メガネの武藤副社長が、吉田所長(当時)の更迭を記者会見で発表したのです。
世間は、キツネにつままれたように唖然としたのです。「なぜ? どんな理由で?吉田所長がなぜ? おかしいぞ!」と。

菅直人首相が、「吉田前所長の更迭の理由が見当たらない」と言ったことで、この如何わしい人事は取り消されたのです。
その後、吉田前所長は、部下には自身の体調不良を隠しながら、4号機建屋の使用済み燃料プール下の補強工事を完了させたのです。これがなければ、私たちの多くは今頃、病院のベッドに臥せっていたでしょう。
大量の放射線を一度に浴びても、または、ある程度の強い放射線に長期間さらされても、循環器系統の疾患を発症する場合があることがことが知られています。病院の放射線技師なら研修を受けているはずです。

誰もがニュースを観ながら思っていたこと-それは、「他の作業員は、次々と被曝上限値に達して現場を離れていくのに、吉田所長さんは毎日毎日、それも半年以上も高線量の原発構内にいるけれど、果たして大丈夫なのか」ということだったはずです。
東電は、代理の所長を派遣しませんでした。

究極のストレスに放射線被曝が加わって出た早発性障害は、食道がんという形となって吉田前所長を襲いました。
私は、この時点で「循環器に放射線障害が出てしまう」ことを心配していました。そういう実例を知っているからです。

記者会見で、食道がんであることを明かした吉田前所長は、2011年11月24日から加療入院し、翌月12月1日付けをもって、福島第一原発所長の任を解かれることになったのです。そして、体調の急激な悪化によって、12月9日、緊急入院したのです。
4号機建屋の傾きと吉田所長の入院

その後、ぷっつりと音信が途絶えてしまった同氏の状況について、「自殺した」とか、「東電に口封じされた」などというガセ情報が連日流されるようになりました。
火のないところに、吉田前所長の自殺説を捏造し、焚き付けるデマゴーグの正体は押田前所長の自殺説については、出ては消え、消えては再び出てくるというように、何度も浮上してくるのです。誰が?

その発信源のひとつは、毎日新聞出身の“有名ブロガー”であることが分かったのです。
「有名」の意味は、デマゴーグとして以前からネット上で知られている、という意味です。

この“有名ブロガー”は、このように書いています。

「最近では、福島第1原発の吉田昌郎前所長の自殺情報が流れているのに、何の説明もしようとしていない。
『万死に値する』という遺書を残しているという。

東大病院に食道がんで入院していたと言われてきた。
福島第1原発1号機~4号機にかかわる『核兵器疑惑』などの国家機密のすべてを自らの腹に飲み込んでこの世を去ったのか?
この情報は、東電関係の工事現場では、口から口へと伝えられている」。

この“有名ブロガー”が「東電関係の工事現場では、口から口へと伝えられている」と書いているのは、福島第一原発の作業員がペットとして可愛がっていた子牛の「ふくちゃん」のことで、ふくちゃんが死んだことで、原発作業員のハッピーさんがツイートしたことから、妄想を逞しくして「工事現場では、口から口へと伝えられている」と書いたに過ぎないのです。
これが、彼の言う「東電内部からの情報」なのです。

しかし、『万死に値する』という遺書を残しているという、くだりは凄い。時代錯誤なのか妄想狂なのか、それとも創作能力豊かなのか。
この時期には、こうしたデマ、そして、ああしたデマを飛ばす無責任な輩が跋扈していたのです。
また、それを確かめる努力の一つもせずに、拡散するオーストラリアの例の無責任なおばさんも、このデマに食いついき、それを広げたのです。

彼女の根拠は、「二階堂コムも、亡くなったと言ってます」。「原発作業員のハッピーさんの今日のTwitterがどうもそれっぽい」というものです。
こうした人々の根拠とは、「誰々がこう言っているから」、「どこどこの大先生の話によると…」といった、他人のフンドシを借りたものに過ぎないのです。
自分で分析し、洞察し、思考した結果の定見があって書いているのではないのです。彼らは、いい歳をしてまだ、こんな低レベルのことをやっているのです。
ハッピーさんは、子牛のふくちゃんの死についてツイートしたのです。
ちゃんと日本語の文章が解釈できるなら、すぐに「おかしい」と分かるはずです。
しかし、こうした人々の「そうあってほしい」という潜在意識が、こうしたイルージョンの世界を創り上げてしまったのです。

さまざまな掲示板も花盛り。
日本の30代、40代のコメンテーターたちは、この時期、まだ放射性物質がモクモク出ているというのに、こうした話題にだけは熱狂するのです。
あまりのデマの酷さにさすがに心配になって、警告を出す意味で記事を書いたところ、真実を語っている当方が攻撃される始末。

正真正銘の吉田前所長のお身内から、お知らせいただいたこと、そしてそれが事実であることを確めた上で、書いているにもかかわらず、です。
この国の民度の低さに、ただただ唖然とするばかりです。

吉田前所長は食道がんの手術(2月)の後、いったんは退院し、自宅では病人食も食べられるようになったとのこと。
体力的には、かなりのダメージ受けていたのですが、国会事故調査委員会の野村弁護士から数度にわたる聴き取り調査をこなしました。

この後、国会事故調査委員会のインタビューを終えてから、転移予防抗がん治療のために再び入院。5月末~6月頭にかけて退院することになっていました。
東電は、吉田前所長を自由にさせたくないようで、まだ入院中にも関わらず、2012年6月27日付け予定の執行役員人事を発表しました。(吉田前所長は、この人事の前から執行権のある役員だった)

この人事の告知を見た、あるブロガーは、「この地位は、自身の命を賭して手に入れた勲章だ」と書いているのですが、吉田前所長は、前から執行権のある役員です。地位に変更などないのです。
人の精神をはかるときに、低俗な人間にとっては、相手も自分と同じレベルまで引き摺り下ろさなければ気がすまないものなのです。悲しい性です。
吉田前所長が家族と力を合わせて、懸命に病気と戦っているときに、金儲けのために嘘を平気で書く人々によって、「自殺」したことにされてしまったのです。
驚いたお身内の方は、再三、この“有名ブロガー”に訂正を求めましたが、この男は、いまだに応じていません。

それどころか、訂正を求めたお身内を、「怪しい人物(東電のスパイ?)」と決め付けて、自分の読者を引き入れて、自分に味方させようとしたのです。これがブンヤ上がりの姑息な手口です。
彼らは立派な詐欺師たちです。一文の価値もない情報どころか、逆に有害な嘘情報を高く売りつけているのだから。
お身内の方たちが懸命に看病に当たっている最中に流されたデマに、「俺、死んだことにされちゃってるよ」とポツリと、そして、寂しそうに語った同氏の心情を察すると、非常に辛いものがあります。

報道されないこと

こうした人の心をなくしてしまった人間失格者たちによるデマは、健康な人間には想像できないほどのストレスとなることは言うまでもないことです。
吉田前所長のように、かなり体が弱っている状態なら、その人の命を奪う場合さえあるのです。これは医学的にも証明できるでしょう。

そうした中で、自分が話せる体力が残っているうちに、なんとか多くの人たちに真実を知ってもらおうと、やや焦りが見えてきた前所長ですが、タイミングよく、去年の8月11日、福島市で開催される原発関係のイベントの講演をして欲しいという話が待ちこまれたのです。
当然、快く引き受けたのです。

しかし、このときすでに、吉田前所長に仮に付き添い人が同行しても、福島まで行くだけの体力はなかったのです。
そこで、このイベントには映像で出演することにして、7月10日に、当日の会場で流すために、インタビューと撮影が行われました。

その約2週間後の7月26日、リハビリを兼ねて外出した先で脳出血のため倒れ、そのまま救急で入院、すぐに開頭手術を受けました。

東電は、この事実を4日後の30日になってから発表。
「重篤だが意識はあり、生命に別条はない」。相変わらず東電文学らしいです。
「重篤で意識がなかったら」、それはつまり「死の淵にある」ということです。
実は、脳の手術は一回ではありませんでした。
私は、それを聞いてささやかながら、あるアドバイスを差し上げました。書くことはできませんが、それは死生観から出てくるものです。

さて、世間には、こうした情報は一切出されません。もちろん、このブログでも書きません。
私が記事を書いた関係からか、事情を知らない人たちから、講演会の仲立ちをしてほしい、といった要望がありました。関西の某有名大学の4回生からです。


11月○・○の2日間、大学の学園祭があり、講演会を開きたいと考えています。
…… 私は今読んでいる本で、吉田前所長には、現場がどのようであったかを話す機会も場所も与えられなかったことを知りました。
……世間では、役員さんたちを「東電」というだけで非難してしまうような雰囲気がありますが、事実はそうじゃないと思いました。ぜひ、吉田前所長のお話を聞きたいと思いまして……。

こうしたオファーを私の段階で止めるか、あるいは、吉田前所長のお身内の心情を斟酌することなく、このまま伝えるか逡巡しましたが、結局、そのままお伝えすることにしました。
あれほど人々に真実を話したいと、やせ細った体に残っている最後のエネルギーをふり絞るようにしていた同氏のことですから、手術後、完全に意識を取り戻していないとしても嬉んでいただけるハズだからです。

吉田前所長の病気については、ここまでにします。後は、以下をお読みください。
・吉田昌郎(前)所長が、執行役員候補に
・療養中の吉田昌郎前所長がビデオ取材で真実を話した

入院直後、唐突に出てきた不自然な記事-簡単に信じてしまう無知の死角はまさに「闇」

さて、もうひとつ、吉田前所長について、重大な誤りを発信している、これも“有名ブロガー”がいます。
何でも、「メディアが吉田氏をヒーロー視している」と、おしかな記事を書いています。

メディアは、ヒーロー扱いなどしていないし、ましてや、ご本人にとっては、それどころの話ではなかったはずです。

このブロガーは、
「2008年に、想定を大きく超える津波の可能性があるという評価結果に『ありえない』と言う判断を下していた原子力設備管理部の部長が吉田昌郎氏だった」
と書いているのですが、いったいどこからそんな情報が出てきたのか。
どうも、毎日新聞(2011年11月28日付け)の記事の裏も取らず、そのまま鵜呑みにした上、自身の推測をまじえて書いたようです。


2008年に東京電力社内で、福島第1原発に想定を大きく超える津波が来る可能性を示す評価結果が得られた際、原発設備を統括する本店の原子力設備管理部が、現実には「あり得ない」と判断して動かず、建屋や重要機器への浸水を防ぐ対策が講じられなかったことが27日、分かった。東電関係者が明らかにした。
12月に中間報告を出す政府の事故調査・検証委員会も経緯を調べており、研究の進展で得た津波リスク評価の扱いや対応が適切だったかが焦点となる。
東電関係者によると、社内研究の成果である新たな津波評価を受け、原子力・立地本部の幹部らが対応策を検討した。その際、設備を主管する原子力設備管理部 は「そのような津波が来るはずはない」と主張。
評価結果は学術的な性格が強く、深刻に受け取る必要はないとの判断だったという。
同本部の上層部もこれを了承した。

今まで、他のメディアで報道されてきたことと正反対の記事です。

この記事は2011年11月28日付けです。吉田前所長が加療入院したのは、11月24日です。
まるで、吉田氏が入院するのを待っていたかのようにして出てきた記事。
吉田前所長は、このときすでに連日、病院の診察台の上で「まな板の鯉」状態でした。
何を書かれても反論も釈明もできない半ば“幽閉状態”に置かれてしまったのです。それも、東電の監視付きで。
唐突に、こうした記事が出てきたときには「必ず裏がある」ので、絶対に鵜呑みにしてはならない、というのが鉄則なのですが、このブロガーは、何も考えず飛びついてしまったのです。
彼も、そういう意味では被害者の一人なのでしょう。
しかし、被害者が新たな被害者を作り出すことは往々にして起こることなのです。その無知のために。

吉田前所長が危惧していたことは、まさにこのことなのです。
だから、吉田氏は、本店に事前に「お伺い」を立てずに、原発構内に青山繁晴氏を案内した帰りに、まるで遺言のように「必ず世間に真実を公表して欲しい。私も頑張る」と言い残したのです。

「あなたは現場を見たのだから、先々、東電が、どんな情報を出そうとも決して事実をゆがめることはありませんよね」と青山氏に念押ししたのです。青山氏は、その約束を果たしました。
吉田前所長は、この時点で、東電の幹部たち、そして、原発推進行政に関わっている官僚たち、そして自民党の政治家たちが、津波対策を怠った責任を自分一人に押し付けるであろうことも見抜いていたのです。
2008年の時点で、原子力設備管理部の一介の責任者の言うことを、世界一の巨大電力会社の統一見解だった、として新聞に公式に発表すること自体、「ありえない」ことであると考えるのが常識です。
あるセクションの一介の部長職である吉田前所長が言った、言わないの問題ではなく、これは原発という「核」を扱う企業としての社会的責任を東電が放棄していることを示しているのです。
責任の所在がない、と言っているのと同じだからです。
ここに焦点を当てるべきなのですが、愚かな国民は簡単に騙されてしまうのです。何度でも、これからも。
この記事『甘利明元経産相が事実を報道したテレビ東京をスラップ訴訟』は、自民党の「核」政策の牽引役の一人、大島理森議員同席の下、放送された番組に、さらに説明を加えたものです。
ここには、事実しか書かれていません。

ナレーション:甘利氏は、大臣当時、中越沖地震(2007年7月)に見舞われた柏崎刈羽原発の事故対応に追われました。

甘利明:なんといっても、柏崎刈羽のときにも、原子力安全委員会が新指針をつくったんです。

そこには、「地震に備えよう、揺れに備えよう」ということはいっぱい書いてある。
ところが、「津波に備えよう」ということは書いていない。

ナレーション:「津波に対する指摘も意識もなかった」とする甘利氏。
そこで私たちは、ある資料を見せると、取材は、その場で中断となりました。
私たちが(甘利氏に)見せた資料とは、2006年、安倍内閣に野党から出された質問注意書です。


「津波や地震で送電設備が倒壊すると、外部電源が得られなくなるのではないか。
バッテリーも動かなくなったとき、原発の冷却機能は働かなくなる」。

津波で電源を失う危険性など、今回の福島原発事故を予言するような指摘が、この時すでに、なされていたのです。

それに対し、安倍内閣は、「お尋ねの評価は行っていない。万全に万全を期している」と回答。
「何もしていないが、大丈夫だ」と胸を張ったのです。
新潟中越沖地震によって柏崎刈羽原発がダメージを受け、放射能漏れ事故を起こしました。
そのときに、「原子力安全委員会が新指針をつくった」と、当時の経済産業大臣の甘利明自身が話しています。

その指針は2007年から検討されていたものです。
また、甘利明は、こうも言っています。
そこには、「地震に備えよう、揺れに備えよう」ということはいっぱい書いてある。
ところが、「津波に備えよう」ということは書いていない。

だから、当時の経済産業大臣の私には責任がない、と甘利明は言いたいのです。
しかし、甘利がいくら原子力安全委員会をスケープゴートにしようと、自民党が東電から巨額の献金を受け取っている事実は今も変わらないのです。
そして、原子力安全委員会の面々が、東電から、実質「金銭的な利得」を得ていたという事実も変わることはありません。
吉田前所長が語らないことをいいことに、すべての責任を負わせて闇の中に葬り去ろうとしている「ムラ」の魑魅魍魎たち
共産党の吉井英勝議員が、国会で「津波による電源喪失の可能性」を指摘し、質問状を自民党に出したところ、安倍内閣は、「お尋ねの評価は行っていない。万全に万全を期している」と回答。
「何もしていないが、大丈夫だ」と胸を張ったのです。

この自民党、東電、原子力安全委員会の“魔のトライアングル”は、「津波対策をしない」という前提で、最初から固い絆で結ばれていたのです。
この仕掛けは、Wikiに端的に現われています。
【吉田昌郎】の項の、それも、わざわざトップに、こう書かれています。繰り返します。「わざわざトップに書かれてある」のです。


2008年に東京電力社内で、福島第一原子力発電所に想定を大きく超える津波が来る可能性を示す評価結果が得られた際、当時、吉田が部長を務めていた原発 設備を統括する本店の立地本部原子力設備管理部が、「そのような津波が来るはずはない」と主張して対策を講じなかった事が明らかになっており、むしろ、この事故の原因を作った張本人ともいうべき人物である。
このWikiは、毎日新聞の記事を、そのまま書き写したものです。吉田前所長こそが、張本人である!と信じ込ませるための工作であると断言できます。
一介のサラリーマンの出した報告書がすべての元凶で、その責任者が「張本人である」と言っているのです。

彼の上司は? 経営幹部は? 安全基準を押し付けた経済産業省の犯罪官僚たちは? 原子力安全委員会は?
すべてを推進してきた自民党の政治家たちは?

……そうでしょう、そうでしょう、「俺たちには責任がない」と言いたいのでしょう。
このWikiの執筆者が誰であるか、手に取るように分かります。

福島第一原発がいずれ水素爆発を起こすだろう、というのは、福島県の前の知事、佐藤栄佐久氏の時代からのこと。
数人の原発作業員から内部告発を受けた佐藤栄佐久氏が、これを世間に公表したところ、半ば、冤罪のような形で葬り去られたことは、すでに世間で周知です。
吉田前所長こそが、張本人である!などと、世界一の電力会社の複雑な意思決定機構が、たった一人の当時部長の言葉で動くと考える人がいるとすれば、その人は頭がおかしいのです。

「死人に口なし」。
東電、自民党、官僚は、吉田前所長ひとりに、その責を負わせようとしていることは火を見るより明らかなことです。
つまり、毎日新聞の記者の記事と、このWikiを書いた役人か東電の利害関係者とは、深いつながりがある、ということです。
そして、3.11の大惨事が起こったのです…。

「原子力設備管理部の当時の部長が吉田昌郎氏で、津波対策は必要ない、という見解を東電全体の見解にした」という毎日新聞の記者が書いた記事が、いかにデタラメであるか、すぐに気がつかなければならないのです。
いったい、この記者は東電から、いくらもらったのでしょうか。本物のマフィアも顔負けの恐ろしい会社だ。

今の福島第一原発の津波対策は、下の写真のように、今でもなんと土嚢だけ。これでは、5mの津波にさえも耐えられないでしょう。

吉田前所長は、2011年3月中に、余震に備えて防潮堤をすぐに作るべきだ、と東電の役員会議で主張したところ、「金がない」と、あっさり一蹴されたのです。
そのとき、彼は机を叩いて、「わからずや!」と幹部連中を怒鳴りつけたことが、各紙いっせいに報道されたことは記憶に新しいでしょう。
しかし、この写真が、すべてを物語っています。

だから、東電は、事故前も事故後も、はなから防潮堤など造る気などないのです。
そして、経済産業省も、斑目の原子力安全委員会も、野田民主政権も、安倍自民も、地震対策とは、国民の反対をクールダウンさせるためのものぐらいにしか考えていない、ということなのです。

吉田前所長が、原子力設備管理部の責任者だったとき、すでに原子力安全委員会が新指針(つまり、津波対策は最初から無視するという方針)が出来上がっていたのですから、仮に彼一人がどんなに頑張ったところで、津波対策は講じられるはずもないのです。

そして、今また安倍晋三内閣の下で、まったく同じように再稼動に向けての新指針が打ち出されたのです。

まったく、「あのとき」と同じ。
「安全対策はやっていないが原発は壊れない。活断層の真上にあっても、原発は壊れない」です。
自民党は、再稼動のために、国会事故調査委員会の報告を無視するだけでなく、事故調元委員の国会招致を陰険な手段で潰している
さらに野党が重要参考人として、国会事故調査委員会のメンバー崎山比早子氏や、黒川清・元委員長の招致を確約していたにもかかわらず。自民党は陰で陰湿な工作を行って、これを妨害し、結局、両人とも国会招致は実現しなかったのです。

原発、国会事故調 参考人招致できず 不利だから?自民拒否
(東京新聞 2013年5月17日)

国会が設置した東京電力福島第一原発事故調査委員会(国会事故調、解散)の元委員に国会が意見を聞く「参考人質疑」を開けない状況が続いている。
自民党が 元委員の招致を拒否しているからだ。

国会事故調の報告書は、過去の自民党政権の原子力政策を批判しており、野党側は自民党が元委員の発言で原発再稼働など に水を差されるのを嫌っているとの見方を強め、反発している。
十三日の参院予算委では、みどりの風の谷岡郁子代表が崎山比早子元委員の招致について、本人の了解を得た上で求めたにもかかわらず、自民党の反対で実現しなかったことを暴露。

新党改革の荒井広幸幹事長も、黒川清・元委員長の招致を自民党などに拒否された事実を明らかにした。

安倍晋三は、否定する様子もなさそう。

国会事故調査委員会は、第一次調査が終了しただけで、「これが始まりだ」ということになっています。
野田内閣で、それが確認されており、第二次調査の実施が当然行われるものと、誰もが考えていたのです。

自民党の、このあからさまな言論封殺、妨害行為は、100%法律に違反する行為です。
今再び、安倍政権下での新規制基準の危うさが、専門家ならずとも多くの国民に非難されています。
国民との合意事項であった国会事故調査委員会の調査続行を妨害どころか、完全になかったことにしようとしている原発災害テロ政党・自民党。
この北朝鮮並みの独裁政権、安倍政権の連中は、しらっとした顔をしながら、陰ではこうしたことを平気でやる連中であることは肝に銘じておく必要があります。
国民の7割に迫る人々が原発の廃止を叫んでいるのに、これをまったく無視して事故の原因究明なきまま、再稼動を強行する背景にはいったい何があるのでしょう。

有権者は、この政党に監視されている
そして、とうとうソーシャル・メディアの投稿を監視するサービスまで導入しての徹底的な監視と言論弾圧。
どうりで、米国のNSAによる監視を非難しないわけです。
これでは、米国の情報機関が日本国民を監視したデータを日本政府と共有していると日本国民に勘ぐられても仕方のないことでしょう。
確実に言えることは、吉田前所長が存命であれば、この流れは大きく変わっていただろう、ということです。
そういう意味では、上に挙げたブロガーたちも、結局は、自民党の限りなく非合法に近い原発再稼動に、無意識に協力させられているのです。

無知のために。

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Sun.2013.07.14
吉田昌郎前所長について、伝えられていないこと

現状を国民に知らせないように、東電と民主党の経済産業大臣は恫喝を続けた
日刊ゲンダイが吉田前所長の死去に当たって、奇妙奇天烈なことを書いています。
国民が知りたいのは、「吉田前所長を取り巻く環境の中で、いったい何が起こっていたか」についてであって、「英雄視云々」ではないはずです。こうした記事は、新聞記者、ブンヤ上がりのジャーナリストに多いようです。彼らは相変わらずです。

2011年3月11日以降、民間人で殺人的な高線量の福島第一原発構内に初めて立ち入ったのは、独立総合研究所の青山繁晴氏です。
(そのときの模様は青山氏のプログ「現場入りを続けています」に綴られています)
福島第一原発の連鎖水素爆発後、わずか一ヵ月後のことです。

この映像は青山氏が自らカメラを回して撮影したもので、すぐにテレビ各局で放送されたものです。
このときの青山氏は大分痩せています。氏は大腸がんの術後経過を見ている状態だったのです。それで原発構内に入るという無謀というか、命知らずというか…。
青山氏を構内に案内した福島第一原発の前の所長・吉田昌郎氏が生きていて、多くのことを語ってくれていたら、安倍内閣の再稼動への暴走を止められたはずだ、と多くの人は言います。
関西の報道番組「スーパーニュースアンカー」の水曜日レギュラーの青山繁晴氏が、7月10日の生放送で今まで表に出なかった事実について語っています。

動画は以下の三分割。三本すべて視聴すると30分です。感激屋の青山氏は、ときどき感極まって怒鳴るように話すので大分耳障りですが、そのときはボリュームを調節ください。
時間のない方のために、各編ごとに重要ポイントを抽出しておきます。04:15~

青山氏:…吉田所長は、初対面なのに両手で固く握手してくれた。
小さなホームビデオカメラを持って、「恐る恐る、ひょっとして、一部なら撮っていいですか』と吉田所長に訊ねたら、『あっ、全部撮ってください」という返事。
そのとき、吉田所長は、「しかし、撮った後で必ず圧力がかかるから、青山さんならそうした圧力に負けない人だと思ったので来てもらった」と話した。
部屋に入る前に、吉田所長は僕の両手を握りながら揺さぶって、「こんな奥までよくきてくださったな、ありがとう、こんな深くまでね」と言われた。
なんで吉田所長が、「こんな奥深く」を強調するのかと思ったら、吉田所長は、後になってこんなことを言っていた。
「わが祖国・日本においては、福島第一原発がこんな現状になっているのに、専門家の中で誰一人、(原発構内に)入ろうという人がいなかった。入りたい、というオファーさえなかった」。
原子力委員会、原子力安全委員会、東京大学の先生方、そして東京電力の人間も全部、安全な東京にいて好き勝手な指示をしてくるから、どんどん無残な事態になるので、誰か専門知識のある人で、中に入る人はいないのかと思っていたら、前から関心を持っていたあなたがいた」と。

08:45~
青山氏:…免震重要棟の2階にある緊急対策本部の床に座って待機している人が何人かいた。
その中で、いちばん若い人は19歳で、いちばん年配の方は67歳だった。
「定年になっても、日本のためにがんばれるのであればと思って、ここにやってきた」と、その67歳の人は言っていた。

そして、最年少の19歳の青年は、自らを暴力団関係者だと名乗りながら、こう言った。
「高校中退してから、ずっと曲がった人生をやってきた。
俺は組の手配でここに来たけど、来てから人生変わった。吉田さんを始めとして、あのオヤジも、このオヤジも、自分のためにやっている人は一人もいない。
みんなチェルノブイリとは違った結果にしようとして、ここに来ている人たちばかりだ」。

暴力団関係者でさえ、吉田所長には感化されたようだ。


00:54~
青山氏:もう一度、津波が同じところから襲ってきたら、今度は(海側にあった)防いでくれる建物は破壊されてしまってない。
Jビレッジで着替えてからタクシーに乗り、郡山に向かっている途中、吉田所長から携帯電話に連絡が入った。
これは、「本店に(青山氏を独断で入れたことが)知れて、撮った映像を公開させるなと、早速、吉田所長に圧力がかかったな」と思いながら電話に出たら、そうではなく、豪快な声で「今日は意義のある良い議論ができましたなぁ。色々ありますよ、色々あるんだけれども、お互い約束したとおり頑張りましょう」と言って、電話は切れた。
つまり、電話の向こうの吉田さんの周りには、いろいろな人がいる(監視されている)、ということが分かった。
「色々ある」と何度も強調したことから、「映像を公開させるな」と圧力がかかったな、と分かった。
「しかし、青山さん、あなたに構内に入ってもらったのは、それと闘うためだよ、あなたも命懸けて頑張ってください」と、そういう電話だなと思って、凄いな、この人は、と思った。
この電話が2011年4月22日の午後6時ごろのこと。
この1時間後に、政府と東電が 当時、存在していた統括本部の全体会議をやって、その席で当時の経済産業大臣(管理人:海江田万里のこと)が、「青山さんはテレビに出ている方でもあるから、よきに配慮するように本人に伝えます」と言っていたことが後で分かった。

つまり、(海江田大臣は)青山氏に圧力をかける、とその会議で言ったのだ。
吉田所長が、この1時間前にくれた電話は、このことを知らせて、「青山さん、決して脅しに屈せず、そのビデオを公開して欲しい」という念押しの電話だったと悟った。
そして、この海江田経済産業大臣は「本人に伝えます」と会議の場で言っておきながら、東電の幹部に「青山に脅しをかけろ」と指示したようだ。
早速、東電幹部からあったのは、「原発構内に入ってしまったのは仕方がない。でも、その映像を公開すると、青山さんのためにもなりませんぞ」という脅し。
この言葉に大噴火して、「ためにならないとは、どういうことか、やるならやってみろ」とその東電幹部に逆に迫った。
その次は、当時の原子力担当の副大臣と、こんなことをやりあった。
「公開するために福島第一原発に行ったんだから、全部無償で、どのテレビ局にも出しますから放送されます。
委員は政府に任命された者がなるが、専門委員(青山氏のこと)は、こちらから政府側に物申す立場だから、あなたに指図されるいわれはない」と言ったら、「権限はないんです、でも、言っておかなければならないんです」と。

東電を使って恫喝させてもダメ、原発担当の副大臣でもだめ、そして、とうとう官邸は、警察にまで「青山を逮捕しろ」と言った。
ところが、警察の側は、「福島第一原発の現場の最高責任者から許可を得て構内に入っているのだから、警察に逮捕することはできない」と政権側からの圧力を突っぱねた。
だから、今、こうしてテレビで語ることができる。
陰で、東電、当時の政権との攻防があった後、吉田所長は食道がんになってしまった。
そして、吉田所長は、入院先から青山氏に以下のようなメールを送った。


福島第一原発の惨状をテレビで放送したことによって、まず、官邸から現場への横暴な命令が少なくなった。
(つまり、作業員の被曝上限値を100ミリシーベルトから500ミリシーベルトに突然、引き揚げてしまったことに象徴されるような)

このことによって、作業員が収束作業に専念できるようになった。
暖房もなく、飲み水もなく、凍った握り飯1個だけで放射線防護服のまま冷たい床に崩れるようにして仮眠をとるような苛酷な環境も改善された。

「みなさん、一、二回は倒れています」。

2011年4月20日のJビレッジの状態。
『国は、どこまで被曝線量を上げれば気が済むのか』より

吉田所長は、多くの国民に真実を知らせれば、国民は目覚めるだろうと考えていた。
だから、まず、東電、政府の脅しに屈しないような人に構内に入ってもらって、まず事実を知らせたいと考えていた。
そうすれば、国民が立ち上がるだろうと。

吉田所長は、まず、国民を信じることによって危機的状況を変えようとしていたということだ。

吉田所長は魂となって、福島第一原発に飛んでいっているはずです。
東電・吉田元所長 食道がんと闘病中も「福島に戻りたい!

防潮堤も、汚染水処理施設も、循環冷却装置も、すべて仮設のまま

00:00~

青山氏:吉田さんほどのリーダーでも、いつくか後悔があった。

女子アナ:去年7月23日に出された政府の最終報告書には、「吉田さんが2008年に大津波の試算結果を知りながら福島第一原発の津波対策を行なわなかった」と書かれています。

青山氏:専門家による調査では、津波による被害が出る危険性があることを指摘されていた。
にもかかわらず、その対策を延期したことを悔やんでいた。

「自分で全部の責任を取ることができるのであればいいが、そうではない」と青山氏に話していた。
東電全体の判断だとしても、仮にも自分が管理部の責任者だったので、国会で本当のことを話したいと言っていた。
しかし、そうしているうちに3.11の震災が起きてしまった。

「すべてが引き受けられるようになってから」という意味は、吉田氏ひとりが、「防潮堤を造らなければ大変なことになる」と会議で主張するのは無責任だと考えていたということ。

吉田氏に同調した部下たちも、東電内では、その瞬間に将来の出世の道を絶たれてしまうから。下手をすれば解雇されるかもしれない。そうなれば、東電内部に「防潮堤を造ろう」と闘う人間がいなくなってしまう。
だから、彼らに批難が及ばないようにして、自分が発言力をもう少し増してから取り掛かろうと考えていた。
いずれにして、「防潮堤の計画を延期」したのは東電の決定だった。
それよりも、吉田所長の悔いは別なところにある。
それは、これ。

防潮堤も、汚染水処理施設も、循環冷却装置も、すべて一時しのぎの仮設のものが、2年以上経った今も、そのまま使われている。

国会事故調査委員会の調べで、「地震で1号機の配管が壊れた」という報告書が出ていたのに、この間、原子力規制委員会の報告者では、「あれはプールの水がこぼれただけ。配管が壊れたのであれば水蒸気が出ているはずだ」となっていた。
新聞では、ほんの小さな扱いだった。本当は一面トップにならなければいけない記事。(下)

地震直後の水漏れ、プールからか~規制委(2013年6月17日)

福島第一原発の事故調査を進めている原子力規制委員会は17日、地震直後に1号機の原子炉建屋内で起きた水漏れの原因について、配管の破損ではなく、使用済み燃料プールの水がこぼれた可能性が高いとの見解を示した。
次の破滅的事態を引き起こさないためには、今の段階では、津波対策が何より重要。阪神淡路大震災も、十数年も経ってから、再び地震が起きた。
東日本大震災で、まだ大きな余震が起きていないということはリスクがそれだけ高くなった、ということ。
この写真の土嚢の防潮堤は、2011年6月23日に造った仮設の防潮堤だ。

これは、金属の網に石を入れてシートをかぶせているだけのもの。一昨年のこの状態が、今でも続いている。

だから、電話で吉田所長が何度も青山氏に、「この仮設の防潮堤を本物の防潮堤にしなければならない。
これは、私がやらなければならないことだ」と言っていた。
なぜ、吉田所長でなければできないのかというと、後任の所長は、東電という官僚主義の会社にいる人だから、周囲を押し切って進めていくことなど期待できない。
信じがたいことに、役所は、「構内に新しい構造物を建設するのであれば、まずは書類を出せ」と言っている。
その書類審査に、なんと1年はかかると。
東電は東電で、それを聞いて、それならメディアが注目している他のことを優先しようと、今でも仮設のまま放置状態にされている。
今日、巨大な余震が起きて津波が襲ってきたら何が起こるか。
汚染水処理施設も、循環冷却装置も破壊され、汚染水タンクの水が津波とともに海に流れ出す。
そうなれば、漁民の生活どうなるだろう?それが吉田前所長の無念なのだ。

吉田さんが、「国民に知っていただく」ことが何より大事だ、と言っていたのはこのこと。
書類審査だけで1年などと言っていないで、役人も学者も連携をして、防潮堤なら防潮堤をさっさと造る国に日本を変えましょうよ、というのが吉田前所長のメッセージだと思う。
(以上、重要ポイントのまとめ)

(管理人)マスコミこそが当事者なのに、突然、傍観者に成りすまして正論まがいの記事を書く
次の津波が大きなものであれば、構内にある汚染水タンクが破損して、膨大な量の高濃度汚染水が流れ出すでしょう。
そうすれば、海を汚染することも大問題ですが、作業員が作業ができなくなってしまうのです。
そして、再び、原子炉と使用済み燃料プールを冷やすための水が入れられなくなってしまう可能性が出てきます。

その吉田前所長が危惧していたことが現実となっています。


地下水汚染、南に拡大=福島第1、ストロンチウムなど-東電
(時事通信 2013年7月12日)

東京電力福島第1原発の地下水や港湾内の海水で高濃度の放射性物質が検出されている問題で、東電は12日、3号機タービン建屋近くの海側の観測用井戸で 11日に採取した地下水から、ストロンチウムなどのベータ線を出す放射性物質が1リットル当たり1400ベクレル検出されたと発表した。

この井戸は海側に設置されている中で最も南にあり、ここ数カ月はベータ線を出す放射性物質に関して検出限界値未満の状態が続いていた。
地下水の汚染がさらに拡大していることが明らかになった。

東電が、先月24日、福島第一原発2号機タービン建屋の海側に設置した観測用の溝から地下水を採取して分析したときは、放射性ストロンチウムが1リットル当たり1000ベクレル、トリチウムが50万ベクレル検出されました。
これは、国が定めた海への放出基準の8倍から30倍にあたる濃度。
ただし、これは井戸水です。

3号機タービン建屋近くにある深さ約30メートルの立て坑内の汚染水は国の定めた基準値の100万倍のセシウムです。


福島第一3号機付近で限度の100万倍セシウム
(読売  2013年7月11日)

東京電力は11日、福島第一原子力発電所3号機タービン建屋近くにある深さ約30メートルの立て坑内の汚染水を調べたところ、国が定めた許容限度の約100万倍にあたる放射性セシウム137を検出したと発表した。
…調査は10日に行われ、水深1メートルの場所で、セシウム137が1リットル当たり1億ベクレルだった。6月までに調査が行われた2、4号機の立て坑内の濃度と比べ、10~1000倍高い。
問題は、今まで聞きなれないトリチウムです。
カナダの物理学者、ゴードン・エドワーズ博士、オーストラリアのカルディコット医師が、トリチウムの本当の恐ろしさについて警告しています。
汚染水の海洋放出 ガンを誘発するトリチウム汚染の恐怖
2011年の段階で、すでに、原子炉建屋の地下に遮水壁を建設する案が浮上していました。
しかし、やっと実現に向けて第一歩が踏み出されたのが、今年の5月。
『建設費は数百億円という。東電などは年末までに実現可能性や費用対効果を確認した上で、2015年度中の完成を目指す』ということです。
「費用対効果を確認」などと言っている間に、太平洋がさらに汚染される事態が実際に起こったのです。
もう手遅れでしょう。
青山氏が言うまでもなく、この周辺海域での漁業はできなくなってしまいました。
さらに、これだけの高濃度の汚染水が、少なくとも、(計画通りであれば)2015年の完成まで、タダ漏れ状態なのです。その量は増えることはあっても減ることはないでしょう。
太平洋の島嶼国からの補償を求める裁判が起こされる可能性が高い。
分かっていたことなのに、2年以上も、もたついていた国と東電による人災です。
毎日が「人災」で、もう国民は麻痺してしまったのでしょう。
2007年から検討を始めた国の新指針では「津波は最初から想定外」
もうひとつ。
時間がなかったのか、応援している安倍晋三の恥部に触れたくなかったのか、青山氏は肝心なことを言いませんでした。
新潟中越沖地震(2007年7月)が起こったときの政権は、安倍晋三政権(2006年9月26日~2007年8月27日)でした。
このとき、原発の専門知識を持つ共産党の吉井議員が、国会で福島第一原発が津波によって電源喪失する可能性があることを指摘していたのです。

それに対する自民党からの回答は、「何の対策もしていないが原発は津波で破壊されない」というものでした。

2007年7月、柏崎刈羽原発から放射能漏れが発覚したとき、国は原子力安全委員会が新指針を策定しました。2007年から議論を始めて、2008年から適用された新しい指針です。
その中では、「津波は最初から想定外」になっていたのです。
つまり、東電、国、当時の政権が、こぞって「津波では壊れない」という最初から「結果ありき」の結論を出していたのです。

吉田前所長なりに「戦略」を立てたのでしょう。
「福島第一原発の最高責任者になったら、有楽町の平和ボケの経営幹部たちの横っ面を叩いても防潮堤を造ろう」と。
しかし、予想より早く地震が起こってしまいました。
青山氏の報告で、東電の異端児、吉田昌郎という男が、いかに東電幹部や国からマークされていたかが分かるでしょう。
彼には、公での一切の発言が許されなかった。

未だに「原子力緊急事態宣言」(原子力災害特別措置法)は解除されていません。
安倍首相自身が、野田内閣のときに出された「原発事故収束宣言」を撤回する、と国会で明言しているのです。
原発事故は、今日も「継続中」なのです。

この日刊ゲンダイの記者は、今までの人生で本物のリスクを負ったことがないはずです。まったくトンチンカンな視点で記事を書いています。
また、ある経済記者は、「(吉田前所長が)事故前に安全対策に万全を期すよう大ゲンカしてほしかった。強く主張していれば、事故は防げた可能性があるのです」と書いています。
それを後押しするのがマスコミの役目でしょう。彼らは、常に「ことが起こってから」自分たちの怠慢だけは棚上げするのが上手です。

何より、東電と国、そして経団連の召使いである政治家たちによる鉄壁の“隠蔽トライアングル”にガチガチに取り囲まれ、日々、監視同然の状態に置かれていた男の危険な境遇に思い至らない鈍感さ。
特に、原子力ムラからの政治献金と票集めに目を血走らせている政治家たちからの圧力は凄まじいばかり。
それさえ、捏造記事ばかり書いている日本のマスコミは明らかにできなかったのです。
吉田前所長が最後に希望をつないだのは、国でもなく、政治家でもなく、ましてや、マスコミでもなく「国民」でした。
「知らせること」によって、この国は変わると信じていたのです。