目次 立ち読み
その他著書多数。
『「武士道」解題』
『李登輝実録一台湾民主化へ
の蒋経国との対話』(2006)、

『最高指導者の条件』
(PHP研究所2013)
『李登輝より日本へ 贈る言葉』
 
 李登輝 著 
   未曾有の災害をもたらした東日本大震災。多くの国々が援助の手を差し伸べてくれたことは周知の通り。しかし、それらの国々から突出して200億円とも220億円とも、あるいはそれ以上ともいわれる多額の義損金を、それも一般国民を中心に寄せてくれた国がある。それが台湾だ。一体なぜ台湾がかのように支援の手をさしのべてくれたのか理解していしているだろうか? 人口わずか2300万人の、九州ほどの大きさしかない台湾が。
台湾元総統李登輝。今もなお、日本の多くの学者、政治家、企業経営者に慕われ、意見を求められ、教えを請われ、台湾のみならず日本にとっても偉大な存在であり続ける。御歳91歳。「なぜ台湾は親日なのか?」本書を一読いただければその理由が必ずや深く理解できるはずである。 詳細はこちら⇒

<著者プロフィール>1923年台湾生まれ。元台湾総統。農業経済学者。米国コーネル大学農業経済学博士、拓殖大学名誉博士。台北市長などを歴任、
経国総統(当時)から48年副総統に指名される。88年蒋経国の死去にともない総統昇格。2000年総統退任。2007年第1回後藤新平賞受賞。
 
「原発ゼロ」の非現実性」(『李登輝より日本へ贈る言葉』より) 

 再生に向けて、いま日本が抱えている大きなテーマに、経済に深くかかわるエネルギー
問題、すなわち原子力発電の問題があります。福島第一原発事故のせいで、いま日本では
「原発ゼロ」、つまり原発をすべてなくせという声がある。原爆投下による世界唯一の被爆
国である日本では、今回のような事故が起こると、核開発はもちろん、原子力発電に対し
ても拒絶反応が起きるようです。
 しかし、台湾と同様、日本も石油や天然ガスなどの予不ルギー資源のない国ですから、
やはLり原子力に頼らざるを得ない。天然資源には限りがあり、すでに枯渇しかかっている
のですから、「原発ゼロ」というのはあまりに非現実的です。エネルギーを輸入に頼れば
経済も圧迫されます。

 「脱原発」に舵を切っているドイツは、ソーラーエナジー(太陽光発電)を導入するそうで
すが、ソーラーエナジーは雨や雪が降ると使いものにならない。そこで、いまアフリカの
サハラ砂漠に巨大な投資を行っています。そこからドイツまで、どうやって送電するので
しょうか。莫大なロスが出ることは目に見えている。とても現実的なやり方とは言えませ
ん。ソーラーエナジーや風力発電、あるいは海流や潮力による発電などには限界があると
私は見ています。

 指導者としては、市民運動などに付和雷同して「原発は危険だ」だとか「脱原発」だと
か軽々しく口にすべきではない。それよりも、安全な原子力発電の研究を徹底して行うべ
きでしょう。原子力発電には別の新たな方法がいくつかある。国際的にもその研究はかな
り進んでいます。

 現在の原発のモデルはアメリカのGE(ゼネラルーエレクトリック社)が原子爆弾製造のた
め、いわゆる「マンハッタン計画」のためにつくった核分裂による方式です。ウラニウム
を原料としているので、プルトニウムという副産物が必然的に生み出されます。広島に落
とされたのがウランを使用した原爆、長崎に落とされたのがプルトニウム原爆です。実に
残虐極まLりない暴挙でした。

 ウランを核爆発させると必ずプルトニウムができる。プルトニウムは放射線量と毒性が
強く、半減期(放射線の強さが半減するまでの時間)が二万年以上と言われています。
 放射線以外にも、核分裂を起こしたときに起こる熱と、それによって発生する、発電機
への転用が難しいというメリットが逆にデメリットと見なされたのです。しかし、原発の
安全性を求める声が高まり、イランや北朝鮮などの途上国による核兵器開発が問題になっ
ている今日、再び注目が集まっています。

 日本には、2011年に亡くなった古川和男博士長年研究を続けてこられた実績があ
ります。第一次安倍政権の教育再生会議で委員を務め、いまは静岡県知事である元早大
教授の経済学者、川勝平太氏もトリウム原発を提唱している。中部電力では基礎的な研究
を進めているそうです。


 海外に目を向けても、アメリカや中国で研究が始まり、ノルウェーとイギリスが協力し
て実験を開始しています。私とも仲のいいマイクロソフト社会長のビルーゲイツは、トリ
ウム原発の技術開発を行うベンチャー企業に十億ドルを投資して話題になりました。
 しかも、このトリウム原発は小型化できる。発電量が三百万とか四百万キロワットの現
状の原発とは違い、たとえば千キロワットから数万キロワットの小型溶融塩原子炉がつく
れる。これをたとえば東京なら都庁の屋上に据えるのです。福島から送電するより、ずっ
と効率よく東京圏の電力を賄える。

 台湾では「南電北送」という政策をとっていて、発電所はほとんどが南部にあります。
本島の最南端、劾轍鼻にある第三原子力発電所からも、遠路はるばる北部まで電力を送っ
ていますが、送電の間に四〇パーセント近くもの電力損失がある。それだけでなく、
一九九九年に起きた台湾の大地震のときのように何カ所もの変電所が被害を受ける可能性
もある。このときには台湾北部の電力が七百万キロワットも不足する事態が起こりました。
 そのため、いま北部の新北市に第四原子力発電所を建設しているところなのですが、そ
れに対する大きな反対運動が起こっている。それくらいならむしろ、国営の台湾電力を民
営化して、六社くらいの電力会社に分割し、各県に一つずつ小型のトリウム原発をつくっ
たほうがいい。

 十万キロワットくらいの小さな原子力発電所が各県にあれば、一つの県が使う電力は十
分に供給できます。そうすれば、電力の損失もない。
 そもそも長い距離を通って遠隔地に送電するというやLり方が間違っているのです。将来
の原発は、百万キロワットなどと言わず、十万キロワットくらいの発電所を各自治体が持
つような形がいちばんいい。

 日本や台湾のようなエネルギー資源のない国は、原発に賛成か反対かという二者択一で
はなく、第三の道、すなわちいかにして安全な原発をつくるかという議論をしなくてはなりませ
ん。日本の技術をもってすれば、それは十分可能です。その第三の道こそ、日本再生の道です。