東京農工大学学長, 宮田清蔵先生に聞く
  オリジナルな発想を培い自分の可能性を大きく拓こう。

新宿から三十分という都会にありながら、豊かな緑と落ち着いた環境に恵まれた東京農工大学。
学部構成は農学部と工学部のふたつながら幅広い教育研究に対応できる体制が整い、生命科学、
環境・資源、情報通信、ナノテクノロジーや新材料などこれからの社会の発展に欠かせない
多くの分野に適応できる人材を育てているユニークな大学です。学長の宮田清蔵先生も、
そのけん引者にふさわしいエネルギッシュなアイデアマン。常に「オリジナル」にこだわり、
柔軟にさまざまな可能性を探ってこられた先生のポジティブで力強いお言葉は、
きっとみなさんにも大きな希望を与えてくれるでしょう。


 学長だより  学長あいさつ

東京農工大学長 宮田 清藏
 21世紀を迎え、今後、我が国が持続的に発展していくためには、以下の4分野の研究開発を進めていくことが非常に重要であります。それは (1)病気の予防・治療や食料問題の解決をうながす生命科学分野 (2)携帯電話やインターネットに代表される情報通信分野 (3)人類の生存基盤の維持に不可欠な環境・資源分野 (4)人間生活へ大きな波及効果を及ぼすナノテクノロジー(nmスケールの加工技術)や新材料分野などです。

 東京農工大学は、学部レベルでは農学部と工学部から構成されていますが、上記の全分野に対応できる人材を育成している、極めてユニークな大学です。 農学部では、食料資源問題、環境問題、健康問題などに対応できる教育研究を行っています。 一方、工学部では、生命を分子レベルから探求し、豊かな人間生活の創製に向けた研究、高分子を中心としたソフトマテリアル、光情報通信システム、マイクロマシンなどのナノテクノロジー等の教育・研究体制が整っています。 また、多くの優れた教授が活発に研究しており、文部科学省、農林水産省、経済産業省などの官庁の他に、企業からも、多くの支援を受け、教官一人当たりの研究費としては、全国の大学の中でトップレベルを維持しています。

 大学院は、農学研究科及び工学研究科並びに本学で特徴的な独立大学院として、教育研究において、茨城・宇都宮大学の協力により実施している「連合農学研究科」、帯広畜産・岩手・岐阜大学とともに協力している「岐阜大学大学院連合獣医学研究科」及び自然に学び工学への応用を図ることを目的とした「生物システム応用科学研究科」が設置されています。 学部卒業生の50%以上がこれらの大学院に進学し、実践的な研究を通して、様々な研究のエッセンスを身につけるよう頑張っています。 また、多くの社会人が、新しい分野へチャレンジすべく大学院に入学しています。このような社会人学生と若い学生とが交流することにより新しいベンチャービジネスが産まれる土壌が整いつつあります。

 キャンパスは、新宿から30分以内の府中(農学部)と、小金井(工学部)にあります。両キャンパス共に、緑豊かで、学園らしい落着いた雰囲気で勉学を楽しむことができます。

 就職は、先輩が十分な実績を挙げているおかげで、各人の希望に応じて、官公庁、企業、など選択が広がっています。しかし、そのためには、基礎的な学問とともに専門的素養を十分身につける必要があります。本学では、語学や人文社会科学も含めて、基礎から専門まで学べる多様性に富んだカリキュラムが用意されています。
 
 自分は将来何をしたいのか、何に興味を持っているのかをよく考えて、もし、21世紀の科学・技術を支える科学者・技術者になりたいのであれば、ぜひ、本学でその夢の基盤をつくることを願います。
 東京農工大学は、学生諸君に対して、教育的に在るべき姿を常に追及し、改革を行っております。そして、21世紀の大学として、活力と希望にあふれた大学を創るためになお一層の充実に努めています。


宮田清蔵  Profile(みやた・せいぞう)

1941年東京都出身。64年東京教育大学理学部化学科卒業後、東京工業大学大学院
理工学研究科高分子工学専攻69年博士課程修了。同年東京農工大学講師に。助教授、教授、
同大学大学院生物システム応用科学研究科長を経て、2001年学長に就任。この間、
82年カリフォルニア工科大学客員教授、84年ベル研究所客員研究員。同年高分子学会賞、
2002年高分子科学貢績賞受賞。著書に『高分子材料の化学』
『インテリジェントマテリアル』他。CDFJ日仏コンソーシアム議長、工学博士。

*大学トップ30構想 日経新聞 2002年9月14日
   http://www.tuat.ac.jp/President/vol03/img/nikkei0.jpg

*2. 「アカデミアの力で機能性化学産業の創出を目指せ」及び「新3Kで
    日本経済の再活性化を」について
 このたび、下記の書籍に「アカデミアの力で機能性化学産業の創出を目指せ」として、
 経済産業省製造産業局次長 増田 優氏との対談及び「新3Kで日本経済の再活性化を
 -Revitalization of Japanese Economy by New 3 K -」の執筆を掲載していますので、
  御一読いただければ幸いです。
 
書籍名: 機能性化学-価値提案型産業への挑戦-
 編集:機能性化学産業研究会 発行:化学工業日報社


  学長だより vol.2
1. 平成12年度民間等との共同研究(区分A)の受入件数57件でトップ
  文部科学省では、平成12年度国立大学別民間等との共同研究件数を公表しました。
 本学は、トータルで101件で第9位でしたが、これを基に各国立大学に区分別A~Cの件数について独自に問い合わせをした結果、特に区分Aでは、57件とトップであることが分かりました。
 この区分Aというのは、次の(ア)~(オ)のいずれかに該当する課題であり、かつ、原則として、当該年度における民間等負担額(共同研究費を除く、歳入ベース-民間等が歳入に納付する金額)が300万円以上のものです。
 (ア) 学主導型の研究プロジェクトの推進
 (イ) 緊急性のある学術的研究
 (ウ) 学術的意義の高い研究
 (エ) 社会的要請の強い研究、公共性の強い研究
 (オ) その他
 なお、これらの詳細については、トップページの「関連施設」の中の「共同研究開発センター」を開いていただくと、文部科学賞の公表資料も含めてご覧になれます。


  学長だより vol.2

2. 生き残る大学:大学ランキング18分野 TOP30 <別冊宝島030 Realから>
 ソリューション型の大学を目指す農工大 別冊宝島に掲載の各種データ

 国立大学の再編・統合で新機軸を打ち出しているのが東京農工大学だ。2001年5月に就任したばかりの宮田清藏学長がこんな抱負を述べる。
「他の大学と考え方が逆なんですよ。もし一緒になるなら、補完型ではなく深耕型のパートナーを選びたい。いわゆるリオーガニゼーションを目指す統合によって、教育研究の質を深め、幅を広げていこうと思うんです」
 東京農工大では、再編・統合の基本三原則を掲げている。まず第一に、農工領域をバランスよく含む科学技術系の大学を選ぶ。二番目が相手の理念を尊重し、自分たちの理念と擦り合わせて統合を図る。三番目が対等の立場で話し合い、大学の名称にはとくにこだわらない。
「積極的に声をかけているんですけどね。片想いが多くて、なかなか決まりません。もっかいろんな選択肢を考えているところです」(宮田学長)
 最も有力なのが、大学院連合農学研究科を軸とした博士課程の再編計画だ。北関東の大学と一緒になって1985年に設置した連合大学院だが、今のところ茨城大が二の足を踏んでいるため、宇都宮大と東京農工大とで再編の可能性を話し合っている。
 もう一つが、ITを活用した地方の大学との連携だ。北海道や九州の農工系の大学と手を結び、インターネットを使って双方向の講義を行なう。テレビ電話などで合同会議を主催する。時には学生を地方に派遣して、伝統的な文化に触れさせる。キャンパスを統合するのではなく、人材の交流や情報の共有化で研究領域の深耕を図ろうというのが、ITを活用した連携の大きな狙いだ。
「たとえ一緒になっても、組織が融合するまでには最低でも十年近くかかります。だから焦らずに、最善の策を見つけるのが重要だと思うんです」(宮田学長)
 東京農工大では、1995年に大学院生物システム応用科学研究科を開設した。それまで、農学部と工学部の交流はほとんどなかった。キャンパスも府中と小金井に別々に置かれ、わずか数キロしか離れていないにもかかわらず、新制大学の誕生後五十年近くも没交渉の時代が続いた。
 しかも、学長は長い間、農学系か理学系の人材で占められていた。それぞれの学部の出自が戦前の東京高等農林学校であり、東京高等蚕糸学校だったからだ。工学系から選出されたのは宮田学長がはじめてだ。
「生物システム応用科学研究科は、僕が働きかけてつくりました。工学部と農学部のはじめての混成部隊です。それからですね、学部間の交流が始まったのは。大学の統合というのは傍らで見るほど簡単じゃないんですよ」(宮田学長)
 東京農工大は産学官の連携にも前向きに取り組んでいる。2002年度には経済産業省から34億円の助成金を得て、産業技術総合研究所を建設する。その施設で民間企業十社とともに、五カ年計画でオールプラスチックのモバイルディスプレイの開発に当たる。人材や知恵、資金を集中的に投入し、産学官が一体となって最先端技術の開発に取り組むのは、わが国の産学連携でははじめの試みといわれている。
「あまり知られていませんが、共同研究の受け入れ件数では常に7位か8位をキープしています。時には旧帝大の一画に食い込むこともあるんです。ライフサイエンスや環境、材料など、特化した研究分野を持っているものですからね。ひとりで何億円も稼ぐ教官がけっこう多いんです」(宮田学長)
 最先端の技術開発に取り組むかたわら、学内では教育指導の向上にも努めている。全教官を対象にモデル授業やFD(ファカルティー・デベロップメント=教授法マスター)活動を実施。講義に対する学生の評価が高かった教官には150万円の報償金を出して、海外の大学を視察する機会を与えている。
「どういうふうに興味をもたせるのか。どうやってわかりやすく教えるのか。学生の質が変わってきたんですから、大学のほうも教え方を研究しなければなりません。その代わり、試験の評価は厳密に行います。場合によっては、方向転換を勧めるかもしれません。そうやっていい人材を世に送り出していくのが、これからの大学の役目だと思います」(宮田学長)
 東京農工大が目指そうとしているのは、二十一世紀の諸問題を解決する、いわゆるソリューション型の大学である。農学部は中国やタイで農業活性化の指導に携わっている。獣医学科はミニ豚のクローン技術を開発して、ライフサイエンスの分野で役立てようとしている。工学部は海外の企業との共同研究にも力を入れている。最先端の技術開発と優秀な人材育成とが合致したとき、おそらく世界有数の農工系の大学が誕生するにちがいない。東京農工大は、宮田学長が自画自賛するだけのポテンシャルを秘め、現にそれを目指している。


  学長だより vol.2
3. 座談会「これからの環境とNPO」-プロ意識と連携がNPOの質を変えていく- 1. 2. 3.

ひとくちに「環境活動」といっても、考え方や行動は国・行政、企業、市民など、取り組む立場で少しずつ異なるようだ。そこで、環境NPOをNGOや非法人を含む広範な環境活動と捉えた上で、直面する課題への処方箋や今後の役割について議論していただいた。
出席者(敬称略)
岡田幹治(ジャーナリスト) 宮田清藏(東京農工大学学長) 重本勝弘(地球環境平和財団専務理事)

阪神大震災を機に関心が急速に高まる
-NPO法に則って認証を受けている団体は、手元の資金ではジャンルを問わずに6000、環境分野に絞っても250~300に達しています。市民レベルの環境活動・ボランティアの様子がマスコミで報じられることも多くなり、肌で感じる機会が増えていますが、現状をどのようにお考えですか。

岡田:1995年の阪神大震災以来、日本では非常にNPO、NGOに対する関心が高まり、活動する団体も増えています。このことは環境の分野でも言えます。ただ、長い歴史があって巨大な資金力と組織力をもつ欧米のNPOに比べると、あちらが大企業だとすれば、こちらは中小企業か個人商店の感じです。もっと力をつけてほしいと思います。
『環境会議』では、前号(2002年3月号)でも「文化を守る地域活動」や「環境の世紀を切り開くNPO・NGO」としていくつもの団体を紹介していました。私はこのうち「環境文明21」やFoE JAPAN」のサポーターをしているので、大いに意を強くしました。
地域に密着した活動をしている団体では、たとえば「柿田川みどりのトラスト」を応援しています。「東洋一の湧き水」といわれる静岡県清水町の柿田川の自然を守り続けている団体です。また、地球温暖化防止のための京都会議(97年)を機にできた「気候ネットワーク」の会員にもなっています。この団体は、国際会議に出かけていって働きかけをしたり、政府が後ろ向きの対策を決めると反対の声明を出したり、さまざまな活動をしています。いずれも立派な団体ですが、欧米の団体に比べるとまだ組織力資金力も発言力も小さい。もっと市民に深く根を下ろした団体になってほしいですね。

宮田:市民レベルでの環境への関心は確実に高くなっていますね。自分の子供たちの未来がどうなるか。自分たちも含めてですが、ダイオキシンによるガンの問題や、環境ホルモンによる子供たちの健康に対して非常に不安をもっているというのが、数多くの環境NPOが出てきたことの一つの背景でしょう。岡田さんが言ったように、活動範囲は身近な環境の問題から将来的な地球環境にまでわたっています。ただ、多くのNPOの活動が極めて身近なところから出発していて、「何とかしなければ」という「感情」や「熱意」があるものの、そこへのサイエンスに基づいた裏づけが今一つ少ないのではないかと思います。その意味では、もう少し専門家との連携・連合が、今後NPO活動を一段と飛躍するために大切だと思います。
東京農工大学では「環境保護学科」を今から約30年ほど前に創設しましたが、そこで研究する先生方といかに連携していけるかが大事です。最近は大学の社会貢献ということも強く言われています。本学では環境に対するいろいろな意味での社会貢献を行っていますし、何か問題があればいつでも相談に乗っています。

重本:「地球環境平和財団」が活動をスタートさせた12年ほど前は、意識啓発を目的とする私たちの活動の考え方はほとんど理解されませんでしたね。企業の方々も、「なぜそんなことをしているのか」といった空気だった。確かにとげとげしい活動をする活動家もいましたが、市民レベルの環境活動団体への理解についても、ほとんどない状態でした。
そうした空気の中で、私は、まず春風が吹かなければ、大地が緩んでそこに種だって芽が吹かないだろう。だから春風を吹かすことから始めようと思いました。「日本人は空気で動く」といわれることがあります。ですからこの心地よい春風、つまり「いい感じ、いい雰囲気」になびいていくイメージを膨らませながら活動しました。未来に近づく前に何とか布石を打とうと考えたわけです。そこで環境や家族や、魂のあり方を自分たちの決意や価値観も含めて明確にすることで、活動に勢いも説得力もでてきました。さまざまな足の引っ張り合いや中傷もありましたが、「やるのが先、まずはやってみせる」と、やり続ける間に、世の中の雰囲気も変わってきて、後に続く人が出てきた。現在のNPOの数を聞きまして、そこまで増えてきたのか、という思いです。

世の中の雰囲気変わりNPOも増える
-地球環境平和財団は現在どのようなことに取り組んでいるのですか。
重本:環境の専門機関の国連環境計画と組んで「未来に残そう!美しい海、空、森!」をテーマにした絵画コンクールをやっています。世界中の小中学生から募集し、年に1回審査して優秀作品をポスター、カレンダー、絵ハガキ、絵本などにして色々なところに発信しています。絵画は、年齢・男女・民族などあらゆるものを超え、宗教をも超えるものだと思い、企画を国連環境計画に提案し、12年前にスタートしました。単に絵画を募集すると、どうしても描き方の優劣を見てしまいますので、ポスター原画として、こちらの狙いとするもの、つまり「未来に残そう!美しい海、空、森!」をテーマにして主張してもらうことにしました。

-米米フォーラムもありますよね。
重本:はい。日本の良さといえば森であり、水田です。その森や水、水田の視点で何かできないかと思っていたところ、高円宮殿下から「大使館の方々を田植えにお連れしたらいかが」とのご提案をいただいたのです。実は私どもが国連環境計画と共催している別の事業に「地球環境テニスフォーラム」があります。「スポーツと環境・国際協力」をテーマに各国大使館の方々と、官界、財界、マスコミ界などの方々との交流を深めようというもので、高円宮殿下も選手として参加されている中で先のご提案をいただいたものです。
「米米フォーラム」という名前は、「コメコメ」と、英語表記にすると、「comecome(カムカム)」となるところを掛けてつけました。日本人にとって大切な「米、稲作農業」の視点で、「地球環境・国際協力・伝統文化」について考えてもらおうという企画です。各国外交官の方々と地元の市民や子供たちが、言葉の壁を越えて一緒に田植えや稲刈りの農作業に汗を流したり、交流会に参加して、夜は農家や民家にホームステイしていただきます。その土地の伝統や生活文化を肌で感じてもらう中で、本当の日本をもっとよく知っていただこうというものです。おかげさまで、滋賀県で開催した去年のフォーラムには、65カ国の大使館からご参加をいただきました。(2/3へ続く)

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  学長だより vol.1

4. 平成14年度東京農工大学大学院連合農学研究科入学式告辞
 平成14年度東京農工大学連合農学研究科の入学式にあたり、何よりもまず当博士課程へ入学される皆さんに、おめでとうと申し上げます。そして本研究科は皆さんを心から歓迎するものであることを、関係者を代表して表明致します。
本日の入学式には、構成大学である茨城大学の宮田学長、宇都宮大学の田原学長をはじめとしまして両大学の研究科長、事務局長等関係者の方々多数の御臨席をいただいております。深く感謝申し上げます。
 本日、新たに連合農学研究科に入学されます学生諸君は、生物生産学専攻43名、生物工学専攻15名、資源環境学専攻12名、計70名であり、茨城大学に18名、宇都宮大学に12名、東京農工大学に40名が配置されます。既に御承知のように、3大学にまたがる複数の教官から研究指導を受け、3大学農学研究科の施設を利用できることが本連合農学研究科の最大の特色であります。皆さんが、この特異な制度をフルに活用して、所期の目的を達成されることを願っております。

 なお、70名の中に、中国、韓国、ミャンマー、バングラディッシュ、インドネシア、イラン、ブラジル、タイからみえられた22名の留学生の方々がおられます。留学生の皆さんには、むろん勉学・研究に精励されることを期待しておりますが、同時に日本のことを、また、他のアジアの国々のことを、よりよく理解することにも努めていただきたいと思います。さらに、日本をはじめ各国の友人を増やすためにも、3大学が連合しているこの条件を活用して頂きたいと思います。

 本研究科は食料生産・バイオテクノロジー・生命・環境などの科学に関して先端的な教育・研究を行っています。これらの諸分野は今後人類が持続的な繁栄を続けていくためには、最も重要な科学・技術の領域であります。しかし、狭い視野で生産の効率化のみを追求したことに起因して、肉骨粉飼料化による狂牛病の多発、地下水汲み上げによる塩類集積、遺伝子改変による一部有害生物の誕生、さらには残留性有害有機物や環境ホルモンの広がりなど、これらの領域に関連して多くの問題も生じています。食生活において人々が強い不安を抱く場面も多く見受けられます。遺伝子組み替え食品問題などでは、感情的な反応に対して研究に裏付けられた理性的説明を提示することも必要ですが、食品安全の問題については、これからは消費者サイドに立った問題解決型の技術開発も強く求められることでしょう。環境問題などでは、どこまでが安全でどこからが危険であるかなど、閾値を決定するような社会的インパクトの高い研究も必要でありましょう。このように、これからの農学の研究は人間の健康、安全、安心の保証と極めて密接な係わり合いを持つ社会的に重要なものとなります。したがいまして研究の社会的意義付けと独創性を常に念頭に置きながら博士課程における勉学と研究をスタートさせてほしいと思います。専門領域だけでなく人間と社会への広い関心を常に持ち、倫理観を涵養し、さらには人の心の問題までも理解できるよう幅広い素養を身に付けることが極めて大事であります。
最後に以前私が働いていた当時世界最大の研究者数を誇っていたベル研究所の玄関に飾ってあったグラハムベルの言葉を紹介します。

Leave the beaten track occasionally and dive into the woods, you will be certain to find something that you have never seen before.

これは、毎日同じ研究ばかりせずにたまには新しい場に飛び込むと新発見するという意味であります。勉学、研究、更には人生までも含めて、Activeに過ごしていただきたいと思います。そして2年又は3年後に十分な成果を挙げられた皆さんと再びお会いできることを期待すると共に、心待ちにしております。



平成14年4月12日

東京農工大学長 宮田 清藏


  学長だより vol.1
1. 平成13年度 東京農工大学卒業式・修了式告辞
 本日桜花満開の良き日、平成13年度東京農工大学卒業式及び大学院修了式を挙行するに当たり、学部卒業生、大学院修士、博士の修了生及び学位取得者の皆さん心からお祝い申し上げます。
「おめでとうございます。」
 先ほど卒業証書及び学位記をお渡しいたしました卒業生、修了生は農学部卒業生346名、工学部卒業生667名、大学院工学研究科前期博士課程修了生334名、農学研究科修士課程修了生166名、生物システム応用科学研究科博士課程前期修了生72名、工学研究科博士課程後期修了生22名、生物システム応用科学研究科博士課程後期修了生16名及び工学研究科論文博士5名であり合計1,628名となります。なお茨城大学、宇都宮大学と本学で構成しております東京農工大学大学院連合農学研究科の修了式は3月15日に行い、54名の方々に博士の学位を授与いたしました。したがいまして今年度本学から巣立ちゆく学部卒業生、大学院修了生及び論文博士の総数は1,682名となります。
 現在、大学の役割として教育・研究・社会貢献の3つがあると言われております。その中でもっとも大きな役割は、専門的知識を十分に身に付けた今ここにおられます皆さんを社会に送り出すことであります。これから皆さんが社会のあらゆるところで活躍することが大変大きな社会貢献であり、そのことが本学の存在感を高め、社会的力の源泉となるからであります。

 そこで本日巣立ち行く皆さん及び進学者の皆さんに2つの行動原理をはなむけとして贈ります。皆さんは高度な技術者、研究者又は官庁のなどの公務員として仕事をすると思います。第1番目は仕事を遂行するに当たって消費者側特にサービスを受ける側に立って知恵、すなわちアイディアを出してほしいということであります。
一つ例を挙げてお話しします。大学におけるサービスを受ける例は学生諸君であります。授業をいかに改善するかと言う方法論として数年前からファカルティー ディベロップメントを行っています。これは新聞などで大きく報道されましたので御存じの方も多いと思います。

 一方、昨年、他大学で多くの入試不祥事が起こりました。入試の採点ミスは学生の一生に大きな影響を与えます。この問題解決に当たって副学長などの先生方と相談し、本年3点改良しました。まず作製された問題を複数の教官がチェックする体制にしました。また、試験当日大学1年生にモニタリングをお願いし、受験生の目線で問題などの表現に問題がないかを検討してもらいました。さらに合格発表の時に正解又は解答例を公表しています。これによりもし大学が間違えても直ちに入学手続きが行われるので、受験生には実質的被害が起こらないよう配慮しています。このことは東京農工大学の入試改善として、今後全大学に普及してゆくと思います。言ってしまえば全く当たりまえかも知れませんが視点を受験生側にかえたためにできたアイディアであります。
このように消費者側に立てばBSE問題などは起こらなかったと思います。行政職に就く方にはぜひ参考にしていただきたいと思います。
今後の農業や製造産業を展望しますと空洞化すなわち製造部門の海外移転それに伴って、製品や食料の輸入は益々加速してゆくと考えられます。そのために日本は大消費地になります。消費者サイドからアイディアを出せば新しい研究開発課題がいくらでも考えられるのではないでしょうか。また食料に関しても安心、安全、健康の面から考えれば日本でも需給率を向上させることは可能であります。
2番目は倫理観を持つことであります。
昨今のラベル問題や政治家の問題からお解りのことと思います。一旦消費者が離れれば大企業といえどもあっという間に社会から葬り去られてしまいます。今はインターネットやマスメディアが発達していますので企業の中では少数意見であっても倫理観に従った行動はかならず社会から強い支持を受けます。
これからは高いモラルと良いアイディアがあれば人材や研究資金がいくらでも集まります。すなわち新しい発想のもとに研究開発を行ない「新しい価値の創造」を通して皆さんに将来の日本を支えて頂きたい。そうすれば今まで以上に18歳の子供たちがあこがれを持って本学を希望し、誇りを持って卒業していくようになります。
 本日の卒業生・修了生の中にはイエメン、インドネシア、ベトナム、カンボジア、コートジボアール、スリランカ、タイ、フィリピン、ブラジル、ポーランド、マレーシア、メキシコ、ラオス、韓国、台湾、中国、計16カ国56名の留学生が含まれています。生活習慣、言葉など大変大きな障害を乗り越えて、科学・技術に関する勉学や研究をすることは並大抵の努力ではできません。ご苦労様というとともにもう一度「おめでとう」と言わせて頂きます。帰国されても今までの友情を保ちつつ、さらに文化の面まで含めた両国の架け橋となっていただきたいと思います。
 
 本日、会場の皆さんを祝って本学の名誉教授、同窓会長、後援会長等、ご来賓の諸先生が壇上におられます。最後で恐縮でございますが、ご多忙中にもかかわらずご来賓たまわりまして大変有難うございました。
皆さんはまだ若いのだからなんでもできます。恐れずに何にでも挑戦し新しい分野を開拓することを祈念して本式の告辞といたします。

平成14年3月25日    東京農工大学長 宮田 清藏