感想・コメント 「オペラ 坦庵 熱き心の光」を観劇して

 伊豆に暮らして2年が過ぎた。気候が温暖で、文学者達が伊豆を好んだ理由が良く判る。

折に触れて近くを散策すると、源氏の再興と北条氏の権力闘争の舞台となった地であり、歴史の
重みを痛感する。また小生の先祖が暮らした地でもあったことを最近になって知った。(注1)

 小生、月に1~2回は東京に帰っている。この1115日も日韓関係の絆を深めるためにイベント
のお手伝いする。(注2) この夏は日米関係の
絆を固めるために上京した。「平和な世界を築く
くのは、結局、人とひとの信頼と尊敬の絆を固めることにある」と痛感している。(注3)
  

 人から「道楽」と評されているが、伊豆に来ても、地域振興を始め、いろいろな活動から
なかなか足を洗えないでいる。

大仁には自然農場、農業大学校もあり、鳥取で140ヘクタールの規模で有機農業をやっている田中
農場長にも伊豆へ来ていただいた。(4) 医食・医農同源と言われるように、農業と健康は関係
が深い。自然免疫性を高める融合医療推進のお手伝いも軌道に乗りつつある。(5)
エネルギー問題も原子力反対・賛成の不毛の政争から新しい安全原発革命への曙光が見えてきた。(6)
教育を含め全般的に、東西文明の融合から新しい文明創造への胎動が進行していると言えよう。(7)
 小生の役割は新しい点と点を繋ぎ、面化、立体化し、これを動かす産婆役だと思っている。

 韮山の反射炉・江川邸を見学して、「こんなにすごい人がいたのか」と正直驚いた。出雲で地域おこし
をしている小松昭夫氏は、郷土の偉人、周藤彌兵衛
(洪水の度に多数の死者を出す川の障壁になっていた
岩山を
42年間のみ1つで掘り続け、97歳で完成、102歳まで存命)
を顕彰して、銅像を建て、単行本、
漫画、紙芝居を作成、韓国語にも翻訳し、韓国の学校図書館に本を寄贈している。(8)
人物を顕彰することは地域おこしの最もわかりやすい方法である。江川坦庵は地域おこしの強力な題材
である。

 「力によって平和は保たれる」と大国のリーダーはうそぶいているが、バランスオブパワー、相手が
軍拡すれば、自国も軍拡をせざるを得ない、不安定な平和である。(9)

これに比べ、芸術は人と人の心を和ませ、感動と喜びに変えます。我々も、志ある芸術家の方々と
「どうすれば芸術を振興できるか?」を話し合っています。(10)
 

小野登志子伊豆の国市長は、日大芸術学部に学んだだけあって、坦庵を描くにも、スポットの当て方、
表現の仕方が精練されている。国難に直面した当時の時局にあって、「坦庵は憂国の士、郷土愛の人で
あった」と歌い揚げる。演劇ならではの観客との一体感も見事であった。芸術の文化力を通して伊豆再生
を夢見る小野市長に期待したい。

 ところで、この「オペラ 坦庵」が初回上演されたのは、2001年であった。それは坦庵200年の年でも
あった。今回は
10回目の上演であるが、20周年記念日も近いので大幅にシナリオを描きか言えたいと小野
市長は抱負を語った。坦庵誕生から
2世紀、未だ軍事的対決は続いており、一つ誤れば、地球環境破壊、
人類滅亡の危機が迫っている。ただこの
2世紀、人類は幾多の試行錯誤・犠牲を繰り返して、平和の尊さ、
命の大切さ、自然の恵みを身に染みて痛感するようになった。問題は軍事的脅威や経済的軋轢でもなく、
人間の心の表現である文化や情報の問題であることを悟るようになった。ハンチントンの言う「文明の衝突」
、心のわだかまりである。この心のわだかまりを溶かし、感動と歓喜に変えるのが芸術である。

行き詰まりに来った人類の心のわだかまり、このコペルニカス的パラダイムの大転換が今こそ、必要である。
ここではその
1つ世界観の転換について述べるに留めたい。(注11)

「自国ファースト」の潮流が渦巻いているが、もう1つの潮流、「世界から自国を見る」潮流との融合が
大切である。自国の為と当時に、「自国は世界のために何ができるか」言う発想が大切である。小は原子核
から大は天体の運行まで、公転と自転の二重性にとって存続している。

桎梏状況にある日韓関係にしても「世界平和のために日韓は何ができるか?」を先に考えれば、未来は
明るい。

シナリオ改定に挑む小野市長に「世界の中の日本、現代と未来から見た江川坦庵像」を描いていただきたい。
国連本部や各国でミュージカルをやっているUNクラシックライブ協会の公演をお手伝いしている小生の経験から申せば、
「新しい視点から坦庵の普遍像を描く」という考え方に立脚すれば、「世界の坦庵」として各国からも親しまれるであろうと
確信する。 (12)

 平成30115日了 
            伊豆創生フォーラム 特別顧問  大脇 準一郎

             提言「グローカルな時代の坦庵像を!    
         

 注1)  松田家系「母13回忌」         「玉松会」「妙覚寺」2018.4.1岡山市北区御津金川
  注2)  日韓友好コンサート                  注3)Irvin 雪子さん供養祭」
  注4)「美味いもんは土作りから」         注5)免疫性向上の融合医療
 6) 原子力安全革命元年                    7本然性の発揮を!」
 8(財)人間自然科学研究所                 注9)「非核を国是に!」
 10「芸術振興策」                      注11)「発想の転換を!
 12UNクラシックライブ協会「赤毛のアン」     「オペラ 坦庵 熱き心の光」

 過去の感想・コメント   (インターネットより大脇編集)

伊豆からのレポート韮山代官江川太郎左衛門 オペラ・坦庵 公演2014年11月27日

「韮山反射炉を世界遺産に!」と盛り上がっている伊豆の国市のアクシスかつらぎで11月26日にオペラ・坦庵の
公演が行われました。アクシスかつらぎの大ホールは観客で満席状態でした。坦庵とは韮山反射炉を作った
江川太郎左衛門のことです。オペラ・坦庵の作者は伊豆の国市市長・小野登志子さんです。

あらすじです

若き日の坦庵(たんなん)江川邦次郎は韮山代宮江戸役所で見習をするかたわら、岡田道場で兄弟子斎藤弥九郎
の胸を借りて剣術の稽古に励んでいました。兄の急死後、韮山に戻り、旗本北条氏征の娘柔(やす)と祝言を挙げ、
12年後代宮に就任しました。

その頃、日本には外国船が現れ開国を迫つていました。清国ではアヘン戦争も勃発、外国からの侵略に対するには
武力も整えなければならない…。坦庵は江戸で尚歯会(しょぅしかぃ)の仲間たちと蘭学の研究に励むと、日の前す。
学んだことを生かすには?坦庵は幕閣に建議書を出しますが、なかなか採用されませんでした。それどころか、
日付の鳥居耀蔵の反感をかい、弾圧を受け、渡辺華山は獄中に捕らわれてしまいました。…

江戸を去る坦庵の心は重くなっていき・・・「里はまだ 夜深かし富士の あさひ影」と詠んだのです。坦庵は長崎の高島
秋帆に砲術の手ほどきを受けました。洋書や武器や道具を買い、国防を考え、日夜、反射炉の研究を重ねました。
農兵を組織し、携行食のパンを焼き上げることにも成功しました。学者を召し抱えることには金を惜しまない坦庵でし
たが、家族の生活は質素で妻の柔は倹約生活によ<耐えていました。いよいよ黒船がやってきます。幕府は坦庵を
要職に取り上げようとしますが、すでに坦庵の身体は病に冒されていました。死を前にして初めて坦庵は柔と心の
通い合う時を持ちます。反射炉の完成を前に坦庵は・・・。

反射炉の築造は、柏木総蔵と江川英敏に受け継がれて完成し、火が入りました。その火は坦庵の熱き心の火。
そして日本の未来に繋がる火となったのです。

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わかりやすい内容、歌声も演奏も素晴らしいオペラでした。出演の伊豆市民オペラ協会をはじめとする出演者の熱演、、
満員の観客、そして観客と一緒になって踊る市長。暖かい熱気に包まれた公演でした。韮山反射炉を世界遺産にと頑張
っている伊豆の国市の熱気に、伊豆の国市民でない私も酔いしれました。

韮山時代劇場やアクシスかつらぎなどでは1年を通してで演劇やコンサートなどが開催され、伊豆の国市は「文化の香り」
が感じられます。しかし、伊豆箱根鉄道でたった2駅しか離れていない伊豆市に降り立った途端、「文化の香り」は
消え去ってしまいます。伊豆市でコンサートと云えば年1回に行われるクラシックコンサートくらいしか思い浮かびません。
寂しい限りです。オペラを作り、市民と一緒になって踊る市長と、成長戦略を唱え「お金,お金と経済最優先」で頑張る市長
との差がこうした文化の差となって現れてくるのではないかと私はフット思いました。

どちらが市民のためになるのか、それは市民自身が決めることでしょう。

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   小野登志子・プロフィール

 昭和19年4月20日生まれ
 昭和38年3月静岡県立韮山高等学校卒
 昭和42年3月日本大学芸術学部卒
 昭和43年~鈴木助産院勤務
 平成13年9月~韮山町議会議員(1年7月)
 平成15年4月~静岡県議会議員(9年11月)
 平成25年4~現在、伊豆の国市長(2期目)
 People 2017.01.29 Vol.14
 小野 登志子 氏インタビュー

 富士山と韮山反射炉、2つの世界遺産を一望できる
 茶畑の丘
 次の夢は「子どものためのミニ反射炉」で体験学習
   1997年 韮山時代劇場杮落とし事業のひとつとして町民オペラ「頼朝」に参加した人々の中で老若男女、歌、芝居の好きな人々が集まり伊豆市民オペラ協会をたちあげた。

1999年9月 伊豆市民オペラ協会設立
2000年11月 オペラ「頼朝」公演(4公演)
2001年11月 オペラ「坦庵」公演(3公演)<初演>
2003年10月 韮高創立130周年記念オペラ「坦庵」公演
2004年3月  第17回地域文化活動奨励賞受賞
2008年11月 第24回国民文化祭参加オペラ「坦庵」   
2014年2月  世界遺産シンポジウム 「オペラ坦庵」
2015年8月オペラ「坦庵」韮山反射炉世界遺産記念公演

ペラ『坦庵~熱き心の火』祝!韮山反射炉世界遺産登録記念公演  動画1分:36秒