二〇一四年は、第一次世界大戦が勃発してから、ちょうど百年になります。
一九一四年までは、十九世紀が続いていたと見ることができます。それまでは、
欧州のわずか数か国のグレートーパワーズが世界の趨勢を決める、ヨーロッパ中
心の世界でした。ところが第一次大戦を経て、世界中に権力と富が拡散し、時代
はがらりと変わります。共産圭義体制、ファシズムなど新しい政治体制が欧州で
生まれ、第二次大戦を経たあと、「イデオロギーの時代」が到来しました。振り
返れば、この百年間の変化は凄まじいものでした。
日本ではこの百年間、何が起こったのでしょうか。第一次大戦後には、欧米列
強と軍縮会議に名前を連ねる軍事大国になりました。その国力は第二次大戦の敗
戦で、一気に破綻しますが、戦後は奇跡的な復興を遂げ、アメリ友に次ぐ世界第
二位の経済大国を経験することになります。 そしていま、その経済大国という
立場が崩れようとしています。
軍事大国の時のように一気に潰れはしませんが、日本経済に対する信頼感、経済
成長への期待感ははっきりと薄れ、十年以上に渡るデフレが日本のGDPを押し
とどめている。
「二十世紀」が実質的に終わったのは、ベルリンの壁が崩壊した一九八九年だっ
たと歴史家の間では言われます。それから約二十五年経過して分かったことは、
当初世界が感じた、冷戦が終わったという解放感や楽観主義が明らかに見直しを
余儀なくされているという現実です。世界中で民主化も進み、市場経済も広がり
ましたが、どの国も幸福という状態とは程遠いことが分かってきたのです。 日
本も、平成に入ってから「失われた二十年」を経験し、新しい時代への対応を迫
られています。
まさにいま、長期的な時間軸を持って、大きな歴史の流れの中で日本の立つ位
置を考え、日本社会の今を捉え直す必要がある。「ボトム」を見据え、どのよう
な国家ビジョンを持つべきか、が問われているのです。
「時間軸なき政治」との決別
二〇一三年には、二〇二〇年の東京五輪の開催が決定するという嬉しいニュー
スがありました。
これは、ビジョンを持てなかった日本への、外部からもたらされた大きな「贈
り物」であるように思えてなりません。なぜなら、今後は六年後という時間軸が
決定的に重要になる。何事も六年という時問軸で物事を考え、準備しなくてはな
らない。国家が、そして国民が「六年後はこうありたい」と問いかけることがで
きる貴重なチャンスが生まれたのです。
○六年に小泉政権が終わって以来、総理大臣が毎年替わるという異常な事態が
続きました。永田町は衆院選が終わると、すぐ次は参院選と選挙に目まぐるしく
追い回され、支持率が落ちれば、すぐ総理を代えてその場しのぎに汲々としてき
た。こうなると外交でも、国際会議に出席する大臣クラスが毎年、別人に代わり、
海外から信頼されるはずがありません。短期志向の政治、細切れ的な政権運営が
続いてしまいました。これでは、政治家が一年以上先のことを考えるわけもない。
結果として、何が起こったのかといえば、長い時間のスパンで物事を考え、実
行するという政治が本来持つべき、とても大切な「癖」を失ってしまったのです。
そういった意味でも、東京五輪までの六年という時間軸が一つ設定されたこと
は、安倍政権にとって、長期的な日本の姿を視野に入れた政策を考えるチャンス
なのです。
一方で、新たなリスクも内包しています。それは、日本人が五輪に夢中になれ
ばなるほど、「二〇二〇年までに何をやるか」に政策が集中するのは間違いなく、
それ以降のことが疎かになりかねないということです。
実際、五輪後に大きな危機に陥った国が多くあります。モスクワ五輪の十一年
後にソ連は崩壊。ギリシャもアテネ五輪の六年後に財政危機に襲われました。古
くは六四年の東京五輪後の日本も翌年に証券不況となり、倒産危機に陥った山一
謐券のために日銀特融が発動されました。 ですから、幸運にも与えられた東京
五輪のチャンスはあくまでも一つの通過点として、むしろ大きな目標はその先を
見据え、「二〇二〇年を超えて」を合い言葉に、長期的な議論を始めるべきなの
です。 発足から一年が経つ安倍政権は、デフレ脱却を目指し、日本経済の立て
直しに全力を挙げてきました。アベノミクスも順調で、四月からの消費税引き上
げを決断。支持率も良好です。ここまではスタートダッシュに成功したともいえ
ます。
今年は、アベノミクスの実績が問われる一年になります。異次元の金融緩和
(第一の矢)、大規模な財政出動(第二の矢)が放たれ、第三の矢である「成長
戦略」が日本経済の力強い復活に本当に繋がるのか見定める年になる。
アベノミクスは大事な取り組みです。日本経済の復活が実現すれば素晴らしい。
ただ、多くの国民が心配しているのは、より大きな根の深い国家的難題なのでは
ないでしょうか。
一つには、日本はたまたまデフレになったわけではなく、デフレが構造化し、
政界だけでなく実業界をはじめとしたりリーダーたちの思考もデフレ化している
恐れがあることです。これを逆転することは大変な力仕事となります。
さらに、財政赤字が今や危機的な水準に達し、将来の社会保障制度が党束なく
なっている。国民の負担増や給付減を求めざるをえない状況です。仮にデフレか
ら脱却し、一定 定の経済成長にたどり着けたとしても、財政の問題がどの程度
改善されるのでしょうか。残念ながら、国民の不安が解消されるまでには至りそ
うにありません。人口の減少も対策が後手後手となっており、待ったなしの状態
です。
デモクラシーの基本が税の問題であるという意識のある欧米なら、「給付はい
らないから税金を減らせ」(米国の保守派)、もしくは「給付は減らして欲しく
ないから増税は仕方ない」(北欧の福祉国家)という議論になるのが普通です。
ところが日本では、政治は便益を与えてくれて当たり前だという感党が牢固とし
て根を張り続けている。このことに国民はもっと危機感を持つべきです。
ここ数年を振り返ってみても、財政が苦しいとなると、必ず「まだまだ成長余
力がある」とか、「埋蔵金がある」という話が出てきて誤魔化されてしまう。本
当にそれだけで解決する話なのでしょうか。
戦前も、負け戦だと分かっていても「勝つ」といい、いつか「神風が吹く」と
宣伝しました。政治家たちは今も昔も国民を安心させるのに余念がありません。
いわば「何とかなる政治」が幅を利かせているのです。状況がどんなに厳しくて
も、「来年には」「この政策を実行すれば」と、その場その場の成り行きで、先
のビジョンは語らない。しかし「。その場”合理主義」で国が進んでいけば、あ
る日突然、天井が落ちてくるような事態に陥るのです。
この構造的なミスマッチの結果、他国に類例を見ない少子化、高齢化の進展と
膨大な財政赤字を許してしまいました。
いまとなっては国民も気付いています。日本経済はもっと厳しくなるだろう、
年金は減るだろう……漠たると言えない現実味のある日本の将来を感じ取ってい
るのです。政治が「安心話」をすることによって、かえって国民の間に不安が広
がっているように思えてなりません。もうごまかしはやめて、将来待ち受ける
「見たくないもの」に集団で直面していくべきなのです。政治家は、利益分配に
こだわる国民のメンタリティーと格闘する度胸を持たなくてはなりません。
物心のついたばかりの今の子供たちが成人した頃が二〇三〇年です。今から十
六年後の日本 ─ そのくらいの時間軸をもって問題を見据え、政策を作る。「時
間軸なき政治」との決別は、政界だけでなく有権者まで巻き込む、日本の大きな
転換を図る試みとして考えるべきなのです。
日本アカデメイアの取り組み
こうした基本認識に立ち、私たち日本アカデメイアは、「長期ビジョン研究会」
を立ち上げました。
日本アカデメイアは、日本の将来に対する深い危機感を共有し、それを打開し
なければならないという志を抱く人々からなる、同志的な結合体です。財界、官
界、学界、労働組合の各分野から有志を募り、一二年四月に設立されました。発
足以来、歴代総理をはじめとして、政治リーダーとも活発に意見交換を続けてき
ました。
一三年四月に始まった長期ビジョン研究会では、二〇三〇年を視野に入れなが
ら、将来の構想について、政府の取り組みを促すべく官民交流で進めています。
会合は、第一線のメンバーが参加できるように夜に開催され、すでに四十回以上、
精力的な議論を重ねてきました(上の別表を参照)。
研究会は、五分野にわたります。
まず、第一は、「日本力」グループ(共同座長・岡村正、福川仲次)です。日
本はどのような国であるか。そしてその潜在力からどのような国になれるかとい
う方向性を見出そうとしています。日本という国のプランティンク戦略から世界
に発信していくアジェンダ(課題)設定まで、幅広いメンバーで議論を進めてい
ます。
二つ目は、「国際間題」グループ(同・茂木友三郎、北岡伸一)です。外交分
野を話し合い、日米同盟の将来像、東アジア地域での日本の役割など、日本がめ
ざすべき国の方向性を議論しています。
三つ目は、「価値創造経済モデルの構築」グループ(同・長谷川閑史、坂根正
弘)です。日本発のイノベーションをいかに起こすか。技術で勝っても事業で負
けると部楡される日本が技術でも事業でも勝って、将来にわたって成長するには
どうすべきか、という課題に取り組んでいます。
四つ目は、「社会構造」グループ(同・演田純一、清家篤)です。日本社会の
基本理念を根本から問い直し、国民一人一人が社会とどのように関わりを持ち、
責任を果たすべきか検討をしています。
五つ目は、「統治構造」グループ(同・大橋光夫、佐々木毅)です。政治、特
に国会の改革を目指しています。どうすれば政治のトップが正しい決断ができる
か。国家の方向性について適切かつ迅速な決定をできるようにするのがテーマで
す。 このテーマについては、日本アカデメイアの有志六人による「『国会改革』
憂国の決起宣言」(本誌一二年十月号)と題した論文を発表しました。首相が長
期的な視野に立って、政策を考えられるような時間的余裕を与えるのが目的でし
たが、その結米、各党が試案を提示するなど国会でも国会改革の気運が高まった
ことは周知の通りです。
問題提起─ 二〇二〇年を超えて ─
先に触れたように、二〇二〇年の東京五輪を通過点とし て、二〇三〇年の
あるべき世界とロ本の姿を念頭に議論していきたいと考えています。
その認識に至る端緒となったのが、米国国家情報会議4(NIC)が二〇こ
一年十二月に発表した報告書です。 報告書によれば、二〇三〇年の世界は今と
はまったく異なる様相を呈しています。二〇年代後半には中国がGDPで米国を
追い抜き一位となる。しかし、米国靫中国も覇権 国家ではなくなるだろうと予
測されています。覇権国家のパワーが低下するなかで「個人のパワーの増大」
「権力の分散」「人口問題」「食糧・水・エネルギー資源の結びつき」が世界の
動きを決定づける不可避な四大潮流になるだろうと指摘されています。
その間、日本の国力は相対的に低下します。報告書でも、急速な高齢化と人
口減少で、日本が長期的に経済成長を続けることができる潜在力は限定的で、経
済危機にも弱い、最も不安な国とされている。この報告書の内容がすべて当たっ
ているわけではないにせよ、日本の将来像が前途多難であることは認めざるを得
ない。だからこそ、日本アカデメイアも緊張感を持って、いわば最悪のシナリオ、
つまり「ポトム」を念頭に置いて議論を進めていきたい。
そういった決意の下、一三年十二月十八日には、各グループの中間報告と対外
発信を目的に「第一回アカデメイアーフォーラム」を開催することになりました。
一四年から、政治家や各分野の専門家との対話を繰り返し、一五年四月をめどに
最終報告を取りまとめます。今回の私たち有志による寄稿は、日本アカデメイア
がこうした活動を対外的に公表するキックオフ論文としての意味を持っています。
ここでは、日本が国家的ビジョンを立て直すため、中期的に取り組むべき、六
つの具体的な問題を提起したいと思います。
一、世界の視点で日本をデザインせよ
まず、国家戦略として、日本国家そのもののプランティンクに取りかかること
です。経済、科学技術、歴史、文化、伝統などの視点から、日本の強みと弱み、
さらには潜在力について。棚卸し”を行い、総点検するのです。内側からだけだ
はなく、外からどう見えるのかという視点も忘れてはなりません。その総括を通
じて、世界の視点から日本をデザインし直す。「日本力」グループの取り組みは、
その一環として位置付けられています。
世界から見て日本のあるべき姿を考え、日本はどのような国として生きるの
か。日本人が共有しあい、世界に語る ことのできる日本人の新しい物語を生み
出す。それは、ロ 本が世界の中でどういった位置を占めたいのかを問い直し、
日本が欲する世界のあり方を明確にする作業でもあります。世界の中の日本の本
質的な価値を高めるためには、 政治や企業が変わるだけではなく、個々人が変
わる必要が あるでしょう。個人一人一人が「日本の自画像」を描けるようにな
れば、より自覚的に公共的な役割を引き受けるようになるはずです。
二、対外発信の抜本改革を
二つ目は、世界に対する日本の発信力を根本から見直すことです。日本はこの
分野にあまりに無頓着でした。ロ本の立場や考え方を発信することや、危機管理
の際の広報の体制が未整備のまま来てしまったのです。
政府の広報体制は、明らかに国内に力点が置かれています。こうした問題意識
の希薄さ、戦略のなさ、人的・財政的基盤の貧弱さは、もはや限界を超えていま
す。不適切な発言を繰り返す政治家は相変わらず多く、それを売り物に まず、
国家戦略として、日本国家そのもののプランティンクに取りかかることです。経
済、科学技術、歴史、文化、伝統などの視点から、目本の強みと弱み、さらには
潜在力について。棚卸し”を行い、総点検するのです。内側からだけでなく外か
らどう見えるのかという視点も忘れてしている政泊家もいるなど、危機的な状況
です。そこに戦略があるなら別ですが、収拾は他人任せではいけません。
一方、近年の中国や韓国は、国家的な広報戦略を重視し積極的に取り組んでい
ます。日本は時に悩まされることもありますが、逆から見れば、目覚ましい効果
を上げているとも言える。「真理を語れば分かってもらえる」といった目本の常
識は世界では通用しません。「パーセプションーマネジメント」(見方のギャッ
プを埋める作業)に取り組む時代なのです。首相、閣僚の発言をサポートするス
ピーチライターや広報の専門家をもっと活用すべきでしょう。
三、人口減少社会の国家戦略を立てよ
三つ目は、人口減少社会への対応に国家戦略として取り組むことです。
日本の出生率は、七〇年代から急速に下がって来ました。当時から、大規模か
つ総合的なビジョンを考えてしかるべきでしたが、放置されたのです。人口間題
の専門家の問では、「失われた四十年」とさえ呼ばれています。
少子化、高齢化が始まった当初は、まだまだ経済的に余力がある時代でした。
ところがバブル経済が崩壊し、デフレになり、小渕政権の頃から大規模な財政出
勤が常態化し、あっという間に諸外国を凌駕する財政赤字に陥ってしまった。こ
れは深刻な構造問題であるにもかかわらず、政治家は相変わらず、この気の重い
問題から目を背けています。
そもそも、どの国のリーダーにとっても政策論を始める大前提は、人口です。
安全保障問題も人口問題を前提にしなければ語ることはできません。人口につい
て、深く考えていないのは日本だけといってもいい状況です。例えば、海外から
看護師や介護士を招く制度は、将来性のある試みでしたが、難易度の商い試験に
落ちれば、あっさり帰国させてしまうなど、迷走しているように見えました。
日本アカデメイア運営幹事の増田寛也氏が会合で行った報告は極めて衝撃的な
ものでした。二〇四〇年に人口I万人を切り、消滅の可能性が高い市町村が全体
の約三割に達するというのです。この流れを放置すれば、地方に収まるものでは
なく、最後は都市部を飲み込むことになるでしょ
人口減少が進むことにより、医療や教育など生活基盤は崩壌していく。地域コ
ミュニティ機能も喪失する。人口減少が本格化する中で、人々の生き方、働き方、
地域や都市のあり方を根底から再考せざるを得ないのです。
その際、考えるべきは、東日本大震災からの復興による地域の再生です。被災
地は震災前から人口減少や労働力の流出に直面していました。復興を成し遂げる
中で、人口減少に歯止めをかけ、地域再生の先駆的なモデルを作り上げ、全国へ
発信して行くことが重嬰です。
また、地域経済と雇用を支える中小企業の経営革新や新分野への進出を促すこ
とで、新たな屈用を生み出し、人口の定着を図らねばなりません。
各省庁から上がってくる政策は、目先だけを見た、散発的、かつ気休め的なも
のが目立ちます。人口減少を食い止め、反転させる特効薬はないことを大前提と
して議論することも重要です。気移りしている間に事態は悪化し続けます。国家
として最も重いテーマですが、縦割り行政による政策の積み上げを越えた、息の
長い国家プロジェクトを国家戦略として進めるべきです。
第四は、イノベーション(社会に貢献する新たな価値創造)への取り
組みを強化することです。 価値創造を実現するために、より自山な貿易、
投資環境を実現し、もう一度、日本という国を開く。
その中で大きな位置を占めるのはTPP(環太平洋パートナーシップ協定)で
す。日本の国力が低下していく中、アジアの成長を取り込むことのみならず、米
国を中心とした連携は安全保障戦略としても重要な柱になりうるものです。アメ
リカは短期問での妥結を目指していますが、本来TPPは、一気に処理できる問
題ではなく、範囲も広いため、数年汁画で進めるべきものです。二〇二〇年の東
京五輪と同様、TPPを手がかりにして、時間軸をもう少し先に置いた政策を進
めることもできるのです。 日本経済が成長を続けるには、資本と労働の投入を
増やし、イノベーションを起こし生産性を向上させる必要があります。そのため
には、長期的には人口問題にビジョンを持つことが重要ですし、短期的には国内
外からの投資を促進し、女性や商齢者、商度人材外国人が活躍できる環境を用意
することも大切です。日本をアジアで最も起業しやすい国にすることができれば、
さらなる資本と労働力を引き寄せ、イノベーションを加速することになるでしょ
う。
さらに、「技術で勝って事業でも勝つ」という視点も忘れてはなりません。日
本の高性能スマートフォンがIPhoncに惨敗しているように、いくら優れ
た技術が生み出せても、事業として成功しなければ意味がない。
五輪招致の成功で、二〇二〇年までの経済基訓は上向きかもしれません。ただ、
人口減少や財政悪化という要因を考えれば、日本経済にとって「最後の浮揚チャ
ンス」になるというシナリオも考えられます。デフレ脱却の束の間の。晴れ間”
に、経営の腰を浮かせば「魔の時」が待ち構えている。
二〇二〇年までの時問を使って、イノベーションを促進し、強靭な経営体質を
取り戻すべきです。例えば、技術に競争力があるならば、部品からモジュール、
システム、さらにはビジネスモデルへと価値創造を広げていかなくてはいけませ
ん。そのためにはITを活用し、年齢、性別、国籍にはとらわれず幅広い人材を
登川することで、価値観のぶつかり合う場を作る必要があります。
五、社会を引っ張る「中核眉」を発掘・育成せよ
五つ目は、社会の担い手の問題です。口本社会の新しい姿を体現して、各分野を
牽引する中核的な人材を創出しなくてはなりません。
日本アカデメイアの共同塾頭である牛尾治朗氏は、「安心社会」から「信頼社
会」へ移行する必要性を説いています。安心社会とは、今までの伝統的な組織や
共同体に帰属することで安心を得る社会です。言い換えるなら「組織や共同体へ
の忠誠心は持っているけれど、できればリスクは耳にしたくないし、取りたくな
い」というメンタリティーが支配的な社会です。一方、信頼社会は、オープンな
環境で、集団の外との信頼構築を重視する社会です。付き合っていれば、嫌なこ
ともあれば、いいこともある。そのことを納得して協力し合うという考え方です。
牛尾氏は安心社会より信頼社会のほうが社会として強くなれると考えています。
そして信頼社会が実現するためには、さまざまなグループを引っ張る人々「中
核層」が活躍することが必要であるとしています。「中核層」は、富裕層、中間
層、貧困層といった、いわゆる階層の中のリーダー層という意味ではなく、企業
やNGO、あるいは地域のさまざまなグループをまとめるリーダーというイメー
ジです。必要なスキルを磨いて社会と関わりを持ち、自らが所属するグループを
引っ張り、進路を決めていく責任意識を持った人々のことです。 信頼社会では、
もはや官が「公」を独占するものではなく、「私」が活性化することによって
「公」の世界を事実上代行したり、部分的に引き受けていくことが期待されます。
それを意識的に支えるのが「中核層」なのです。
明治の思想家、中江兆民は、国民を「良民」「乱民」「勇民」「惰民」に分類
しました(「良、乱、勇、惰、四民の分析」明治二十一年三月)。その中で、世
の中の秩序を乱す旧武士階級を中心とした乱民、人にすがって生きる惰民が困っ
たものなのは当然にしても、こつこつと自分の仕事に励む良民だけでは、社会の
発展は不可能だと説いている。大事なのは、社会の公共問題の解決に進んで関心
を持ち、活発果敢の気性をもつ勇民が不可欠だというのです。兆民が勇民の条件
として求めたのは、公共の問題を解決する情熱、使命感、困難に屈しない気概や
勇気という一種非合理的資質でした。そういう資質を持った彼らが良民の指導者
として社会をリードしなくてはならない、というのです。
おとなしく働き、税金をしっかり納め、世の中にはかかわらず、口幅ったいこ
とは言わない良民に対し、「二院制を見直せ」「税制を健全化せよ」と言う活発
果敢な人たちが勇民と言い換えられるかもしれません。勇民は、いわば日本版
「ノーブレスーオブリージュ」(高貴なる者に伴う義務)の担い手であり、「中
核層」に近い存在なのです。
六、国会・政治改革を推進せよ
最後は、政治の課題です。日本にはびこる「短期的な思考」が最も顕著に表れ
ているのが政治の世界でしょう。
まずは、日本の政治が長期的課題に対応できるような体制を整えること。その
核心は、国のリーダーがじっくりものごとを考え、外交に専念できるようにする
こと、政治における時間軸を大切にするための諸々の制度改革を進めることです。
国会改革はその突破口になります。
また、長期的課題に対応しうる「機能する政府」を創出するために、内閣官房、
内閣府、省庁体制のあり方、大臣、副大臣、政務官のあり方をもう一度点検する
必要があります。橋本行革で大臣の数が少なくなり、国会の委員会も大括りとなっ
たため、かえって国会審議が回らないという事態も起きている。この問題は、二
〇三〇年という先の話ではなく、短期で決着を付けるべき課題です。
そして、最後に残る課題が「政党」です。政治的リトダーとなるべき人材をプー
ルし育てる責任は第一義的には政党にあります。政党交付金として年間三百億円
以上のお金が投入されているわけですから、法律的にも捉えどころのない現在の
政党の「権利と責任」を明確にして、根本から改革する必要があります。
すべての改革は「人材」に収斂する
以上の問題提起によって改めて気づかざるを得ないのが、人材の重要性です。
「日本力」を体現する人材、世界への発信力をもつ人材、イノベーションを担う
人材、「中核層」を担う人材、そして企業や政治のトップリーダー─ 私たちの
検討は、全て人材の問題に収斂されます。これらは、広い意味での人材育成の問
題であり、人口の問題にも関わってきます。 日本が必要とする国家ビジョンは、
人口減少など厳しい現実を見据えた上で、狭い了見にとらわれずに社会全体で人
材をどのように創出し、循環させ、活用するかに懸かっています。
日本アカデメイアでも、長期ビジョン研究会の活動と並行して、二〇一四年か
ら大学生を中心とした「ジュニアーアカデメイア」を立ち上げ、若い世代の、若
い世代による、日本のビジョン作りに取り組むことにしました。若者と各界の第
一人者たちがぶつかり合うような試みを進めることで、人材作りの一助となれば
と思います。
日本の高度経済成長が終わり、成熟社会への転換期だった一九七〇年代後半、
大平正芳首相は、首相の私的諮問機関である「大平研究会」を立ち上げ、次の時
代のピジョンを検討させました。それは二百人にも及ぶ学者、文化人、中堅官僚
が参加した大規模な試みであり、「文化の時代」というキーワードが生まれ、田
園都市樹想、後のAPECにつながる環太平洋連帯構想、総合安全保障構想など
が提唱されました。
大平構想から三十数年。いま、日本中の知恵を結集する時期を迎えているのです。
(文芸春秋2014年新年号169頁~179頁)
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