『比較文化論から見た日本文明の危機と希望
            要 旨

日本民族の生き残りパターン“和”

1)最近の思潮から 日本外交

2)歴史的回顧 天の岩戸、天鈿女命、“大和”朝廷(偉大な“和”という意味)、
  聖徳太子「十七か条の誓文」、元寇の乱、信長・秀吉・家康、明治維新、敗戦・
  戦後の復興


2、“和”を形成せしめた諸要素


1) 島国、同一民族・言語・宗教、閉鎖社会、村的体質
2) 農耕文化、集団的共同労働を必要として、国土の4分の3は産地。耕地面積
  が少ない。天然資源に乏しいことは勤労・節約精神を高揚

3)日本文化の基底
 日本人は素朴な自然崇拝・祖先崇拝・審美的価値観をもつ神道が根底の心情
 となっている。5世紀に伝わった儒教は現実生活の実践道徳・倫理の役割を担い、
 同じころ伝わった仏教は、現世で報われない願いを捨てること、来世の橋渡しの
 役割を担った。これを第2の基底として明治維新以来急速に流入した西欧文明の
 知識が第3の基底を形成している。

4)『古事記』伊邪那岐・伊邪那美、両神の国生み物語⇒男女の秩序ある調和は
  国の繁栄の元である。


3、和の日本文化の特質
 1)無私
  日本社会においては、個人はあくまで私であって公ではない。英語の
 privateはプラスイメージのことばであるが、日本語の私は公に対するマイナス
 イメージを持った言葉である。「自分の都合、または利益を図ること、私心」(
 岩波古語辞典)⇒私することは良くないこと。滅私奉公、官尊民卑

  「従来日本では自由という言葉はわがままを意味していた。これに対して西洋で
 は自由は甘えの否定の上に成立する。そして人間の権利や尊厳あるいは集団に対
 する個人の優位性という視点が生まれた。・・日本語では無私を強調するが、こ
 れは個人と周囲との関係において言われることで、個人が集団に埋没ないし、従
 属する場合に言われる。もし個人がまったく集団から孤立して天蓋の孤児になる
 ことは、日本社会では、自分を失うことに他ならない。」 (甘えの構造』土居
 健郎)日本型リーダーは村社会のお守り役、世話役であり、西欧型のリーダーと
 異なる。

  「日本のリーダーの主要任務は和の維持で、契約ではない。・・論理ようも感情
 が優先し、真の批評が芽生えない。」(『タテ社会の人間関係』中根千枝)

  天皇制は無私を至高に表現した日本社会体制である。
 「天皇の赤子というスローガンで全国民を包摂した天皇制は、日本人の甘えを理
 想化し、甘えの支配する世界こそが真に人間的な世界と考える特異な意識を制度
 化したものである。天皇に限らず、日本社会ですべて上に立つ者は周囲から盛り
 立てられなければならない。言いかえれば、幼児的依存を体現できる者こそ、日
 本社会で上に立つ資格があるということになる。」(同上、土居健郎)

  和を尊ぶ日本社会は無私(あるいは誠意)を強調し、個が全体性に帰一する
 という祖霊まで巻き込んだ集団主義である。

 2)「自然(じねん)」「中庸」「擬似宗教体制」 「空気」

  「これまで日本においては宗教がそのまま法であり、その法に従って刑事
 や民事の採決を下すと言った「宗教体制」の存在したことが一度もなかった。
 人が絶対で神は相対化される。人と人を結びつける絆は何かと言えば、「無思
 想の温情に基く擬似的血縁関係」である。といっても何らかの倫理的規範がな
 いわけでもない。我々の「受容」と「排除」の根本的基準になっているのが、
 「自然」と「不自然」であり、「自然」に対立する概念は「人為」(人間的は
 からい)である。この観念は生活への絶対的拘束力を持つものであって、「態
 度が不自然」「やり方が不自然」と言われると感情的に無条件で拒否されてし
 まう。」山本七平「日本的受容と排除」

 3)妥協

  集団の和を保つにはまた妥協も必要となってくる。意見の相違(論理)より
 も心理的納得が必要となってくる。このコンセンサス作りには時間がかかるが一
 旦、コンセンサスが出来上がると実行は早い。民主主義:多数決原理 ⇔多数の
 暴力?

  妥協はまた建前と本音の乖離をもたらす。節操のない態度として純粋性に生きる
 韓国では反発される。  春香、独立運動家⇔唐人お吉、お宮、ロドリゴ神父、
 常盤御前一種のプラグマティズム(便宜主義)、和魂洋才(建前と本音の乖離現
 象、どんどん外国文化は取り入れるが同化されない、「雑種型純血文化」))

 4)個別状況主義
  場の調和を第1とする日本文化は、内部から場(空気)を突き破ることは
 難しく、常にドラスティックな大変化は外圧によってなされてきたことによって
 も証明される。しかし一旦、場(空気)がかわれば、一切は全く変わってしまう。

 A)『日本人らしさの再発見』浜口恵俊

 「西欧の普遍=論理主義は、自己の行動原理をいろいろな状況を通じても変わる
 ことにない普遍的な信念に求め、それを誰に対しても妥当するものの道理として
 強く主張する。それに対してこの対極にあるのが個別=状況主義であり、行為者
 が行為での選択に当たってその拠点を自己の地位・役割にとかと規定の対人関係
 から規定されてくる個別的な事実そのものに求め、そして同時にそうした事実関
 係を維持するために、自己の置かれた立場や状況に即応するよう心がけるような
 行動原理を意味している。状況倫理にはそば限りの無責任な基準となるマイナス
 面もあるが、相対的、現実的適応性、柔軟性、非規定性、主体的判断、相互信頼、
 思いやりや察知力(センシティビティー)などの諸要  素の特性が含まれる」
 ⇒このようなくらげのような無原則主義を機能文化と称する学者もいる。

 B)「甘えの構造」土居健郎
  「日本人の心理の特異性は日本語の特異性と密接な関係がある。甘えという
 言葉は、日本語独特のものであり、日本の社会構造もその心理を許容するように
 できている」「日本人の心理に特有の現象として取り上げられる義理と人情は
 ともに甘えと密接に関係している。人情は甘えが自然発生する親子の間柄のよう
 なところに生まれる対人意識であり、義理はそうした甘えを持ち込むことが許さ
 れる関係のことである。甘えと遠慮のどちらも行き過ぎてはだめで、このバラン
 スをとることが良き社会人ということになる。わびやさびまたいきも義理・人情
 と同じくすべてもののあわれに発している」「日本では甘え(依存的な人間関係)
 が社会規範の中に取り入れられているのに、欧米ではそれを締め出しているため
 に、日本では対人恐怖症、欧米ではホモセクシャル、孤独にさいなまれるという
 病理現象を現すことになる。」

 C)『ことばと文化』鈴木孝夫
  「私たち日本人は相手の気持ち、他人の考えを顧慮する前に、一応自分として
 はこう思うという自己の主張の原点を明らかにすることがどうも苦手のようだ。
 相手の出方、他人の意見を基にしてそれを自分の考えをどう調和させるかという
 相手待ちの方程式がむしろ得意のようである。それどころか、他人の意見なり願
 望なりを言語で表現しないうちに、いち早くそれらを察知して、自分の行動を合
 わせて行くことも少なくない。察しが良い、気が利く、思いやりがあるなどの表
 現がほめ言葉であり、またヨーロッパ語に直接は翻訳しにくいものであることを
 見ても、対象への同化が日本人にとって美徳ですらあることがわかる。・・自分
 を相手に同調させ、相手の気持ちになることが大切であるから、従って正面から
 られる。」 「強烈な自己主張をぶつけないで、相手に自分をわかってもらうの
 ない。しかも、私たちは相手が固定できないうちは、自分の意見なり主張を確立
 することが不得手ときている。そこで日本の対外的な交渉は、外交・政治・経済
 の全ての点で出遅れになる。大勢がつかめないうちは、自分の位置づけができな
 いからである。日本人が外国語が不得手で、国際会議でも学会でも実力の割りに
 遅れをとるのは、語学力そのものの点よりも、むしろ問題は自分の主張や気持と
 は一応独立して、自分は考えるという自己主張の弱さに原因の大半があるように
 思えてならない」

 D)『日本語と論理』大出晁
 「日本語では『(誰かが)そのことを(あなたに)たずねましたか?』という表
 現がまったく同一の表現『そのことを尋ねられましたか?』で十分、間に合うの
 ある。英語では、必ずIとかYouをたてるが日本語では人称代名詞をやたらに使
 う文章は格調が低い片言日本語とみなされる。このことは日本人において自己と
 は関係であり、人間関係(場)の状況によってダイナミックに把握される動的な
 ものであり、他人との関係を抜きにして自己を主張することは不自然と見られる
 ことと対応している。また日本語は主語に始まって途中に修飾語を入れる式に挟
 みながら述語へ収斂していく求心構造である。日本語においては最後に結論(判
 断)動詞が出てくるので状況にあわせていくらでも変化できる状況・個別主義的
 性質を持っている。」 ⇒日本語:風呂敷、英語:帽子掛け、遠心型

 E)『タテ社会の人間関係』中根千枝


4.日本的”和”の長所

 A)国難の克服、近代化の成功
 B)企業の発展


5、日本的“和”の短所⇒危機

 A)普遍的目標の欠如
 B) 個性・自由・人間性の軽視⇒創造性の欠如
 C) 国際化の課題、村的体質、身内と世間


6、日本的“和”の希望

 A) 敬天(一神教と多神教の問題)、先祖・伝統の重視、⇒ビジョンの創造
 B) 個性、科学的精神(合理・経験主義)の尊重、天下一の思想
 C) 第3の開国、地球市民、真の国際化
 D) 貢献:
 1) 途上国の国づくりに貢献:団結、温故知新、和魂洋才
 2) 環境問題克服:ホリスティックアプローチ
 3)世界平和への貢献:母親的役割、ODAの活用、物の援助から人的・教育協力へ




「日本文明とは何か」2009/5/15(金) 午後 6:13読書読書
   山折哲雄「日本文明とは何か」角川書店、2004.11.30


●グローバリゼーションをコントロールして受容する方法。1.情理を兼ね備え
る認知スタイル、理屈に人情を通わせる。2.文武両道にわたる伝統モデル、
公家的なもので武家的なものをコントロールする非暴力的技術。3.神仏共生
システムに基づく多元主義。

●日本型食生活の独自性。食事エネルギー供給量(DES)は、日本2800kcal、米
国3600kcal、穀物当量は、日本847kg、米国1500kg。肉を食べるには、飼料と
して大量の穀物が必要。世界の食糧問題にとって重要。栄養学的にも日本のほ
うが望ましい。西欧のキリスト教文献には「餓鬼」が登場しない。地獄の死者
も栄養のゆきわたった体。「大食の罪」が飢餓より重大。

●死者を許す文明と許さない文明。▼中国…伍子胥(ごししょ、?~前485)、
父と兄を殺した楚の平王の墓を暴き、屍体に鞭打つこと300回。岳飛と秦檜。
▼朝鮮…恨(ハン)を鎮魂慰撫する役割を果たしていた仏教が李朝で排され、
恨は積もって、晴れることがない。日本の仏教の、祟りと鎮魂、浄化のメカニ
ズムがない→靖国神社問題。

●祟りと鎮魂のメカニズムは、社会の根源的な変化や変革の動機の芽をつみとる
「反革命的」な役割を果たしてきたのかもしれないが、平和思想としての怨霊
操作ともみられる。死者への怖れが、死者を「カミ」や「ホトケ」にした(イ
ンドの仏教とは全く無関係)。「ヒト」の罪を許し「死者」のケガレを浄化す
る反革命的「平和」主義。

●ハンチントンは「日本文明」を世界の7文明の1つとしながら、その中身を説明
していない。しかし仏教文明ではないと言い切っている。

●イギリスと日本はともに島国であるが、イギリスはローマやノルマンに征服さ
れたことが島国性の解毒剤になった(トインビー「歴史の教訓」の中の「世界
史における日本」)。

●戦後の「平和」研究は、平安時代350年、江戸時代250年の「平和」(パクス・
ヤポニカ)を検討していない。▼平安時代…政治や社会の不穏な動きは怨霊や
物の怪の祟りによるとされ、御霊社の建立や加持祈祷が行われた。▼江戸時代…
仏教と神道が国民の各層に浸透し、地域社会を統合する信仰へ発展。身分、階
層による信仰の分化は小さく、国民意識の統合の度合いが高い。

●明治の「神仏分離」…長く続いた「神仏共存」を砕く上からの改革。学問上も
仏教学・印度学と神道学・国学に分断。

●「鎌倉時代=宗教改革」という幻想。鎌倉新仏教の精神は、大衆化に失敗し、
江戸時代の「葬式仏教」へ。信長の宗教戦争(比叡山焼討、石山合戦)→世俗
化(新仏教の流れを断ち切る)。日本人の精神の根幹に巨大な地殻変動をもた
らす。

●コジェーブ「ヘーゲル読解入門」の注釈で、日本について記述…ソ連や中国は、
豊かになりつつあるアメリカでしかなく、アメリカ的生活様式が人類の未来で
あり、人間が動物性に戻ることが現実化⇔しかし日本は反対の道を進んだ。能
楽、茶道、華道など日本特有のスノビズム(上品振舞い)が動物的な所与を否
定。日本と西洋の交流は、西洋の日本化に帰着するだろう。欲望の開放(アメ
リカ: 自然的、動物的)⇔抑制の美学(日本: 反自然的、脱動物的)。

●危機への対応…「生き残り」戦略、ノアの方舟、ユダヤ・キリスト教の選民思
想、今日のほとんどの政治経済理論の土台⇔「無常」戦略、死を甘受。

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角川書店のPR誌「本の旅人」に、2001.10~2004.3に連載した「文明を考える」
を書籍化したもの。毎月の独立したエッセイを30回分集めた物なので、きちんと
まとまってはいないが、日本文明の根底にある思想、発想について考察されてい
る。死者を許さない文明(中国、朝鮮)⇔鎮魂慰撫(日本)、欲望の開放(動物
的、アメリカ)⇔抑制の美学(脱動物的、日本)という対比が興味深かった。
 
参考:「日本文明の可能性」 山折 哲雄 2006.11.03 目白大学
      http://www.e-gci.org/5thGCI/yamaori.html