「キブツ」から学ぶもの(1        国際企業文化研究所所長 大脇 準一郎

 農村活性化に頭を痛めているのは,わが国だけではなく、世界共通の問題である。社会主義の実験の失敗から立ち直ろうとする中国、向こう5年間に6兆円(日本円)を投じて農村活性化を図る韓国、いずれの国においても同じである。

 今、農村活性化のキー・ワードとして“都市と農村の交流”が唱えられている。多子化に農村は都市の生み出す商品化(量、質、コスト)の必死の努力、快適な買い物のできる雰囲気造り(ホスピタリティー)等、都市から学ぶ面が多く、生産・生活・文化を一体化した村造りが試みられている。他方、都市では大衆化、合理化の潮に流されて、環境破壊、非人間化が進行している。そこで生き甲斐という観点から都市と農村の生活を捉え直そうという試みが注目を浴びている。都市の便利さと農村の豊かな自然とを融合しようというのが最近の村造りの基本方針となっている。

 日本の農業、農村活性化のためには、これに加えて、グローバルな観点から共生・共栄の国策を積極的に遂行しなければならない。経済の先行き、日米摩擦の高まりを見るに付けてもその緊急性を痛感するのは、小生のみではあるまい。 海外協力も明らかに自国への利益還元と見られるような短絡的、商社先行型の物売り援助から、その国の発展の基盤となりうる人材育成に重点を移すべきであろう。

 今回、全国の村造りのリーダーの方々とイスラエル、キブツ研修に同行し、学ぶところが多かった。キブツとはヘブライ語でグループを意味し“生活共同体”と訳されている。イスラエルでは、生産・所有・消費・生活の共同化された独特の村造り“キブツ”が栄えている。一つのキブツは、人口500人前後で約300のキブツが全土に散在している。イスラエル人口500万の3%(15万)に満たないキブツが、国の農業総生産の40%、工業品の7%以上を生産している。どこのキブツも果樹園、小麦畑、綿畑、畜産、養殖から付加価値の高い大工場(プラスチック、ラベル、ジュース、金属加工)を持っており、さらに最近ではサービス産業(観光、ホテル、レストラン、プール)に進出している。どこのキブツも5~600ヘクタールの土地を国から借りている。われわれが宿泊したキブツでは、この広大な土地を利用してオーストラリア動物園をこの秋から開設するそうである。

 金回りの良いキブツは人気が高く、メンバー志願者が列をなしている。しかし、全体的には激動する国際変動に対処して行くのは容易なことではなく、経営に苦労しているのはどこの集団でも同じである。

 今回イスラエルから学んだ教訓を2つだけ述べておきたい。一つは「国を忘れた民は滅びる!」ということである。半月振りに日本に帰って見てウンザリしたのは、相変わらずのオウム事件の報道である。世界には色々な問題があり、日本が今何を為すべきか、問われても良いと思うのであるが、オウムの事件報道から何が得られるというのであろうか? ただ国民に暗雲を投げかけるだけではないのか? おまけに「不戦決議」の国会採択、言葉の弄び、党利党略が先行し、そこには国を担う重さが感じられない。

旬刊『政経レポート』1995年(平成7年)625

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「キブツ」から学ぶもの(2

 紀元73年マサダ要塞で96人の老若男女が自決し、国が滅びて以来、ユダヤ民族は2000年間流浪の民と化した。それは差別と迫害の歴史であった。19世紀後半、ロシア、東欧でのユダヤ人迫害が激しくなり、これを契機として、2000年前の故郷の地パレスチナに帰ろうというシオニズム運動が起こった。当時、ヨーロッパに台頭したマルクス主義、社会主義、ナロードニキ(ロシアの急進的農本主義)、トルストイなどの思想の影響の下、ヨーロッパの上流階級(弁護士、裁判官、教師)であったユダヤ人達は、パレスチナに入植できる方策として農業を学んだ。こうして1910年、デガニアに12名の若者によって最初のキブツが設立された。

 砂漠地帯、石だらけの谷間、マラリア発生の泥地という悪環境条件もさることながら、ユダヤ民族にとっては、異母兄弟であるアラブ原住民からの攻撃が大変であった。1936年には監視塔、防柵付のキブツ、ニール・デーヴィットが一日にして完成された。この方式は全国に広がった。この頃ナチの大虐殺を逃れてキブツが急増した。1948年、イスラエルの建国もまた、容易ではなかった。建国のお祝いをしている最中、周辺のアラブ5カ国が一斉に攻めかかり、イスラエルは奇跡的に勝利を収めた。以後5次に渡る戦争の後、イスラエルが占領したゴラン高原(シリア)、ウエストバンク(ヨルダン)を返還するかどうか今も国際問題となっている。ゴラン高原は高さ400メートル、ガリラヤ湖から水を上げ農業、牧畜をやっている3万4000の人口、35の集落がある。

 ゴラン高原のキブツに住むデーヴィト君は米国からイスラエルの軍隊に入隊(イスラエルは3年間の兵役の義務がある)、除隊の後イスラエルの前線を守るためにキブツに入植したという。彼の勇気に34ヶ国から来た国際会議の参加者達は、一様に感銘した。かつてイザヤ・ベンダサンが「日本人は水と安全はタダだと思っている」との名言を吐いたことを憶えておられる方も多いと思う。国が滅びるということがどういうことなのか、幸か不幸かわが国はたった一度の敗戦、占領軍の歴史上かつてなかったほどの寛大な占領政策によって、かえって経済的にはかつての保護国、米国を脅かすまでになった。国の守りを米国に肩代わりしてもらい、自衛隊は軍隊ではないと苦しい言い訳しながら、補完的防衛を行っている。

 今、わが国に問われているのは国の誇り(アイデンティティー)、愛国、そして国防ではなかろうか? このことはかつての偏狭なナショナリズムへの回帰や軍備拡張をいうのではなく、万国から歓迎される国家、国際情報を含めたソフト重視の総合国家戦略の確立を意味することは言うまでもない。貧困の中で両親の苦労を見て育った世代は、家庭や父母の尊さを知っていた。しかし、豊かさの中で甘やかされて育った世代には、自分勝手な行動が多い。国の守り、家庭の守りも、今その屋台骨を失っているように思われる。

 第2にイスラエルから学んだことは村造りのあり方である。車道を村中に貫通させたことは日本の国土計画の大失敗ではなかろうか? 老人や子供が車にひかれたという報道を聞くにつけ、当人や運転手の責任もさることながら、行政側にも多少の責任がないとは言えないであろう。キブツでは子供達が自由に羽を伸ばして遊んでいるし、老人は自転車、手押し車、電気自動車で悠々と行き来している。キブツは全体が一つの広大な公園で花は咲き乱れ、小鳥はさえずり、この世の花園である。食堂を中心とした芝生、あるいは街路樹、それぞれのキブツの景観には特徴があり、それぞれの文化を誇っている。

 “全県公園化構想”の進む鳥取県であるが、是非キブツを参考にされることをお奨めしたい。

 確かに飽食の時代の政治は難しい。多様な大衆の欲望をどのように集約して望ましい方向に導くことができるのか? あるいは大衆の欲望のままに漂流して、かつてのギリシャやローマのように瓦解して行くのであろうか? 諸先輩の御高見を賜れば幸いである。

旬刊『政経レポート』1995年(平成7年)75

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キブツと本稿の著者について

「私の信仰とパレスチナ問題」の著者、アズリエル・ナティーブさんは、キブツ、ニールデビットのメンバーである。キブツではファーストネームを縮めてアズイと呼ばれている。1990年代、全国の村造りのリーダーの方々と何回かイスラエル、キブツ研修に通訳として同行した。1995年、5月、ニール・デビットを訪問した折、小生は、キブツの1人、アズイと宗教問題、中東問題についても、突っ込んだ議論をした。そのとき、時間切れになった点につき、アズイ氏は下記のような文章を送ってきた。時間の無い小生に代わって翻訳・タイプをしてくださった百瀬・安東両氏に謝意を表したい。ここに公表するのは、今回、歴史的な平和行進・大会が開催されるに当り、ユダヤ人の人々がどのような気持ちでいるかを少しでも参考になればと思ったからである。 日本ではいつも天気が気になるように、中東では平和が最大の関心です。それゆえ挨拶も「シャローム(平和を)!」です。

神様の創造目的、蕩減という観点からみないアズイの見解は、さもありなんと考えさせられる所がある。キブツの人々は、少数の宗教キブツを除いて、一般に非宗教的である。けれどもみなが皆、信仰と無縁であるかというとそうでもなく、アズイのように聖書の教えに基づいて「イスラエルは土地を犠牲にせよ!」と主張する人がいたりする。大学教授夫妻や医師、建築技師といったインテリも多く、皆はっきり自分の意見を持っていることが印象的だった。最近、中東情勢、テロも納まらず、さらに緊迫した昨今ですが、貫けるよう空の青さの背後に宇宙的な神の愛がさらに近づいているのを実感する。真の平和は近い!!

1218日から23日、一連の中東における平和大会の大成功をお祈りします!!   20031216日記

キブツとはヘブライ語でグループを意味し“生活共同体”と訳されている。イスラエルでは、生産・所有・消費・生活の共同化された独特の村造り“キブツ”が栄えている。一つのキブツは、人口500人前後で約300のキブツが全土に散在している。イスラエル人口500万の3%(15万)に満たないキブツが、国の農業総生産の40%、工業品の7%以上を生産している。どこのキブツも果樹園、小麦畑、綿畑、畜産、養殖から付加価値の高い大工場(プラスチック、ラベル、ジュース、金属加工)を持っており、さらに最近ではサービス産業(観光、ホテル、レストラン、プール)に進出している。またキブツは平均5~600ヘクタールの土地を国から借りている。95年5月、われわれが宿泊したキブツでは、この広大な土地を利用してオーストラリア動物園をこの秋から開設する計画が進行していた。

 金回りの良いキブツは人気が高く、メンバー志願者が列をなしている。しかし、全体的には激動する国際変動に対処して行くのは容易なことではなく、経営に苦労しているのはどこの集団でも同じである。

 今回イスラエルから学んだ教訓を2つだけ述べておきたい。一つは「国を忘れた民は滅びる!」ということである。半月振りに日本に帰って見てウンザリしたのは、相変わらずオウム事件の報道である。世界には色々な問題があり、日本が今何を為すべきか、問われても良いと思うのであるが、オウムの事件報道から何が得られるというのであろうか? ただ国民に暗雲を投げかけるだけではないのか? おまけに「不戦決議」の国会採択、言葉の弄び、党利党略が先行し、そこには国を担う重さが感じられない。

1936年、監視塔、防柵付のキブツ、ニール・デーヴィットが一日にして完成された。この方式は全国に広がった。この頃ナチの大虐殺を逃れてキブツが急増した。1948年、イスラエルの建国もまた、容易ではなかった。建国のお祝いをしている最中、周辺のアラブ5カ国が一斉に攻めかかり、イスラエルは奇跡的に勝利を収めた。以後5次に渡る戦争の後、イスラエルが占領したゴラン高原(シリア)、ウエストバンク(ヨルダン)を返還するかどうか今も国際問題となっている。ゴラン高原は高さ400メートル、ガリラヤ湖から水を上げ農業、牧畜をやっている3.4万人人口、35の集落がある。

 ゴラン高原のキブツに住むデーヴィト君は米国からイスラエルの軍隊に入隊(イスラエル人は3年間の兵役の義務がある)、除隊の後イスラエルの前線を守るためにキブツに入植したという。かつてイザヤ・ベンダサンが「日本人は水と安全はタダだと思っている」との名言を吐いたことを憶えておられる方も多いと思う。国が滅びるということがどういうことなのか、幸か不幸かわが国はたった一度の敗戦、占領軍の歴史上かつてなかったほどの寛大な占領政策によって、かえって経済的にはかつての保護国、米国を脅かすまでになった。国の守りを米国に肩代わりしてもらい、自衛隊は軍隊ではないと苦しい言い訳しながら、補完的防衛を行っている。

 今、わが国に問われているのは国の誇り(アイデンティティー)、愛国、そして国防ではなかろうか? このことはかつての偏狭なナショナリズムへの回帰や軍備拡張をいうのではなく、万国から歓迎される国家、国際情報を含めたソフト重視の総合国家戦略の確立を意味することは言うまでもない。貧困の中で両親の苦労を見て育った世代は、家庭や父母の尊さを知っていた。しかし、豊かさの中で甘やかされて育った世代には、自分勝手な行動が多い。国の守り、家庭の守りも、今その屋台骨を失っているように思われる。

 第2にイスラエルから学んだことは村造りのあり方である。車道を村中に貫通させたことは日本の国土計画の大失敗ではなかろうか? 老人や子供が車にひかれたという報道を聞くにつけ、当人や運転手の責任もさることながら、行政側にも多少の責任がないとは言えないであろう。キブツでは子供達が自由に羽を伸ばして遊んでいるし、老人は自転車、手押し車、電気自動車で悠々と行き来している。キブツは全体が一つの広大な公園で花は咲き乱れ、小鳥はさえずり、この世の花園である。食堂を中心とした芝生、あるいは街路樹、それぞれのキブツの景観には特徴があり、それぞれの文化を誇っている。

 コンクリート詰めの地域開発の進むわが国であるがであるが、是非キブツを参考にされることをお奨めしたい。

 確かに飽食の時代の政治は難しい。多様な大衆の欲望をどのように集約して望ましい方向に導くことができるのか? あるいは大衆の欲望のままに漂流して、かつてのギリシャやローマのように瓦解して行くのであろうか? 諸先輩の御高見を賜れば幸いである。

旬刊『政経レポート』1995年(平成7年)7月5日大脇記


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「私の信仰とパレスチナ問題」アズリエル ・ナティーブ(Asriek Nativ

 私の信仰

 私は神を信じています。宇宙創造の神、万物創造の神としてです。
  しかし、神が全能な、神聖、冒すべからざるものとは思えません。もし神がそのようであったとしたら、地上に悪をはびこらせることなどなかったでしょうから。

 私が神を信ずるのは、神の手が働いたとしか説明のしようのない数々の経験があるからです。
 しかし、逆に祈ることは無益なことだと思っています。神はホロコーストやその他のむごたらしいことを地上から退けることができなかったからです。

 私が、確信を持って言えることは、神につかえる最良の方法は、神の創造したものをいつくしみ守るところに有るということです。

 何事が起こったとしても、明晰な理性にのっとった科学的な解釈が可能であるという立場に立つように努めたいと思います。非合理主義や神秘主義に流されてはなりません。この立場から見ると、サタンの存在は無視することができます。地上の悪はサタンのせいではありません。善とか悪とかは単に物事の解釈のために我々人類が使ってきた言葉に過ぎません。

 たとえば、細菌は我々を病気にさせようと体内に侵入するわけでもなく、悪の権化だというわけでもありません。細菌にとってみれば、自分の存在のためにそうしているだけです。

 同じことが鹿を殺して餌とするライオンにも言えます。ライオン自体は悪ではありませんけれども、鹿にとって悪です。もし鹿が逃げおせたら、それは腹の減ったライオンにとっては悪となります。 生活のために猟をするエスキモーがいます。しかし狩猟が趣味でサファリに行って動物を殺しまくるハンターは悪でしょう。

 しかし、これでは納得の行く説明にはなりません。人類の歴史はいわれのない殺戮の繰り返しです。それならば悲惨なことをもたらさざるをえなかった根本の原因に到達する試みがなされない限り、将来においてもその再発を防ぐことはおぼつきません。極悪と見える行為でも、社会心理学的な考察が可能であり、善・悪という言葉に惑わされては、先に進めないと思うべきです。善悪の判断だけでは、人間性を傷つけるようなことに対して効果的に反撃できません。

 ユダヤ人であることの意味

次に、私個人のこだわりの問題です。

 私(私と子供たち)はなぜユダヤ人でありつづけなければならないのか。反ユダヤ主義と言われものは、文書に残されているだけでも二千年にわたって存在し続けています。その間、キリスト教に転向したユダヤ人たちは、ユダヤの民の列から外れたとしても、彼らと彼らの子孫は人類の一員として存在しています。

 ユダヤ人でありつづけることに、何か特別な理由があるのでしょうか。苦しみを受けたり、与えたり(この場合はアラブ人たちに)しながら。

 私にとってユダヤ人であり続ける理由は、ユダヤの民が神に召命され使命を与えられた民であることを皆が悟るのを待ち望むからに外なりません。つまり、我々には他の民族よりも倫理的に高潔に行動することが課せられているのです。利己的ではなく、家族や自国のことばかりではなく、他の人々のことを思いやるやることができるようになったらと夢見るのです。それがユダヤの教えの応用と実践であるでしょう。

 見返りも罰も無い、まったく無償の行動を通じて、我々は自分が生命組織の中の一個細胞であるということに気づかざるをえないでしょう。組織が健全であるためには、すべての細胞が健全でなければなりません。一個の細胞だけでは価値はありません。しかし、その一個のする善い、無償の行いによって、その一個が利益を得ることはありませんが、その行為のむくいは全組織が受けるのです。ある個体は苦しめられるでしょう。(ちょうど病原菌の侵入に対抗して組織を守ろうとして自分も死んでゆく白血球のように)

 ここパレスチナの地は、過去四千年にわたりさまざまな国の軍隊が通過し、さまざまな文化が競合してきました。この特異な地理的位置に我々の国が建設されたことによって、シオニズム(ユダヤ国家建設)の意義は、我々ユダヤ人が誇り高く倫理的価値観を守り抜き、語り継ぐことができるようになったことにあります。

 私の言うところの倫理的価値観とは、直接的で具体的なものです。夢やセクト主義や儀式や祈りすら排除されるべきです。我々は目的に向かって全精力をもって直接行動を起こすべきです。他のどんなことも言い訳に使ってはなりません。すなわち、先にも述べたとおり我々の隣人の現在と未来に我々は責任を負っているからです。祈りの前に、サタンを恐れる前に、まず、働きかけ、行動することが重要だと信じます。

アラブ人とユダヤ人の間での平和について

この対立を二国間の紛争と見ないで、二つの宗教の争いと見るならば解決を見出すことができるでしょう。

 二つの宗教間の決定的な対立の元はといえば、ユダヤ人はイサクが父アブラハムによって犠牲に供されようとしたとし、アラブ人はそれはイシュマエルだったとすることです。そのため、マホメッドの民に与えられたコーランこそが正しい神の言葉であり、ユダヤ人に与えられたトーラー(聖書)ではないとしています。(私の信ずるところによれば)我々ユダヤ人は具体的行動を通して、自分達が神に選ばれたものであることを示す必要に迫られています。儀礼、セクト主義、祈りから脱却し、浄化されたユダヤ教が望まれるところです。つまり、個々人が常に理性的に直接行動することをユダヤ教徒である限り義務づけられているのです。

 犠牲ということに関しての私の考えを説明しておいたほうが良いでしょう。我々の祖先は時として自分たちの子供をいけにえとし、後には動物をいけにえとして神をなだめ、鎮めようとしてきました。

 しかし、今ではそれに対して180度の転換が必要です。自分の願いを神々や主に聞いてもらうために犠牲の血を流してはなりません。我々の目的はそれによって自分たちの利益を図ることであってはなりません。隣人達のために自分達の義務を果たすことが求められています。

 私の言う犠牲とは、自分たちにとって大切なものであっても、他の人たちがまだ持っていないものだったならば、その人たちに分かち与えるというものです。

 よって私はイスラエルに提案したい。

 我々の歴史と聖書にゆかりの地であっても、その土地の支配と領有権を犠牲にしようではないかと。

 我々に土地を犠牲にする用意があったら、ユダヤ人と非ユダヤ人の間の流血は止まり、我々の信仰は一歩深まるのです。またそれにより、ユダヤ人が選ばれた民であろうと努めていることが証しされるのです。

 義務とは与えられるものではなく、自分から引き受けるものであることが分かるでしょう。

 我々は土地を得るために犠牲の血を流すことをやめて、土地を犠牲にして流血を止める方向に自ら変わって行かなくてはなりません。

 このような私の考え方は、信ずる主のために自分の息子イサクをも犠牲にしようとしたアブラハムにならっています。つまり、彼は自分が信ずるもののために、自分にとってかけがえの無いものを犠牲にしようとした、ということが大事なことなのです。 アブラハムの末裔を自称するわれわれユダヤ人には、唯一の神への信仰を守ることがかせられているばかりではありません。アブラハムの精神を受けつぐためには、それ以上のことが求められています。全人類的価値観を高めることに努めなければなりません。

 今や人類は、地上の被造物を食い尽くさんばかりに肥大化し、全地の破壊を引き起こしかねない時だからこそ、アブラハムの精神にならうことは、社会的、世界的意味において、重要な一歩となりうるのです。

 人間の価値観のどこか深いところでの転換が早急に求められています。われわれの地上での使命は、神を助けて地を保っていくことの他になく、ここより他の地もありません。だから、すべての人々に心を定めてもらいたいのです。命を救うために一片の土地を犠牲にすべき時だ、その逆ではありえないと。私はユダヤ人とアラブ人がこうした態度で協調し、戦争が終結し、生きとし生けるものすべてが愛を分かち合う時代が必ず来ると信じています。
         訳・百瀬 直彦(
Naohiko Momose)、タイプ・安東昌敏(Masatoshi Ando