母の愛


一色 宏 氏
     母への
海は母だ!
ある詩人は言った
「僕たちの使う文字では海の中に母がいる」
そして母よ! フランス人の言葉には
「あなたの中に海がある」

母よ!
僕たちはあなたの大海のゆりかごで育ち
あなたの乳房で愛の原点を知った
この大海のごとき慈愛がなければ
人類の存続は至難であったにちがいない
あなたは万人のために鼓動する心をもった生命の故郷(ふるさと)だ・・・

大地は母だ!
あなたは生命の大地だ
その豊穣な地表を嵐の戦火が襲った
繰り返す愚かな人間の惨劇に
どれ程の母が涙したことか
その涙の地下水をあなたは知っている

母よ!
あなたは地道な生活の戦いの中で
陰の苦労を惜しまず 一切を担い 守り 支え
僕たちを育ててひたすら成長を待っていた

いかなる哲人の言葉もおよばない
その愛の深さに万感の祈りを捧げたい
あなたは豊かで強い
偉大な存在だ・・・

慈しみ深き母
生あるものをどこまでも慈しみ
はぐくむ女性なるものの特質、誇り
その無償の愛

"焼野のキギス(雉子(きじ))"
死してなお 子を守るがごとく
"夜の鶴"
全身で寒気から 子をかばうがごとく
作為もなく 無理もなく
おのずからなる発露たる
ああ尊き無償の愛

この大海のごとき慈愛がなければ
人類の存続は至難であったにちがいない
だからこそ大聖哲は
「大悲とは母の子を思う慈悲の如し」と

誰が知ろうと 知るまいと
見ていようと 見ていまいと
報いられようと よしんば報いられまいと
本然として()き満遍なく 
平等に
人々を包み 照らしゆく慈光

自ら植えた慈愛の種が
夫の中で 子どもの中で
はたまた 友の中で
芽ぶき すくすくと伸び
美事な大輪の花を咲かせゆくことを
無二の歓びとする尊い性(さが)
(みょう)照覧(しょうらん)」の人


合掌する母
あなたの胸には
慈愛の温もりの暖炉がある
母なるあなたありて
家庭は喜びと安らぎの団欒の園となった
陰の苦労を惜しまず
一切を担い 守り 支えた
愚直なまでにひたむきな姿

ああ尊き尊き笑顔の母
あなたは旅立った
永劫の宇宙へ・・・
ああ 厳しくも死は一定(いちじょう)なり
ゆえに古来より
()ず臨終の事を(なろ)うて(のち)に他事を習うべし」
との金言は我が胸を打つ
だれ人も母への思いは純粋だ
熱き母への思いは美しい音楽のように
美しい心の琴線に触れて共鳴する

誠実一路の母
あなたは平凡の中に大切な大切な
人間の生き方を示していた
人生とはやさしさであり
寛容であり 他の人々に対する思いやりであり
忍耐であり 努力であり 誠実な行動であり
究極 心が最も大切であることを・・・

人生の嵐を幾度も越えた
文豪ヴィクトル・ユゴーは
「大きな苦しみは魂をとてつもなく大きいものにする」
「いつも前進するということです
つねに夜明けの方を 開花の方を
誕生の方を見ようではありませんか」と言った

大聖哲の激励の御書(みことば)
「散りし花 落ちしこの実も咲き結ぶ
いかに故人の帰らざるらむ」と・・・
寂滅(じゃくめつ)()(らく)は 生涯の里程なり
生死不二は 究極の実在なり
その命の(ことわり)を生きた""
人生の一巻の書綴り終え
三世の光と ひらかなん
未完のロマンは 我ら継承せり

    慧光照無量――合掌    未来創庵 一色宏
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       「慈母」の美学

日本民主主義文学の代表作とされた小林多喜二の「蟹工船」は、労働搾取を強行
することで巨利を占める蟹工船の実態を素材とし、その労働者の悲惨な自己の運
命にさからって集団的な闘争に立ち上がってゆく過程を描いた、社会性の本質と
高度なヒューマニズムにあふれた作品であった。

当時銀行員であった小林多喜二は「不在地主」発表後銀行を解雇され、翌年上京
後、治安維持法違反で特高警察に検挙される。取り調べは厳しく、竹刀やムチで
打たれ、柔道で投げられ、目は腫れ、口は裂け、髪の毛もずぼっと抜ける拷問の
毎日であった。

多喜二はやがて東京・多摩の刑務所に移される。刑務所の情けによって、北海道
の小樽にいる多喜二のお母さんに面会が許されることになる。刑務所から届いた
手紙を読んでもらうと、5分間だけ面会を許すとのこと。指定された日時はいま
から3日後の午前11時となっていた。多喜二のお母さんは手紙を読んでくれた人
に「5分もいらない。1秒でも2秒でもいい。生きているうちに多喜二に会いたい」
と訴えた。

貧乏のどん底であったため、近所の人にやっと往復の汽車賃だけを借りて、その
夜雪の舞う小樽を発つが、雪のため汽車は途中で止まってしまった。しかし6キ
ロ先の駅まで雪道を歩いて前の汽車に乗り継ぎ、乗り継ぎして、多喜二に会いた
い一心で、指定時間の30分前に刑務所に着くことができた。

看守はその姿を見てあまりにも寒そうなので火鉢を持ってきたが、お母さんは
「多喜二も火にあたっていないんだから、私もいいです」と、火鉢をよたよたと
持って面会室の端っこに置いた。別の看守はうどんを温め直して差し出すが「多
喜二だって食べないからいいです」と拒否。

時間ぴったりに看守に連れられて面会室の現れた多喜二は、お母さんを一目見て
コンクリートの床に頭を着けたまま「お母さんごめんなさい」と言ったきり、顔
が上げられなかった。すると看守が「ほらよく見ろ」と顔を上げさせたが、多喜
二はまた「お母さん、申し訳ありません」と言い、両目から滝のような涙を流し
てひれ伏してしまった。

わずか5分の面会時間、言葉に詰まったお母さんを見かねた看守が「お母さん、
しっかりしてください。あと2分ですよ。何か言ってやって下さい」ハッとした
お母さんは多喜二に向かって「多喜二よ、お前の書いたものは一つも間違ってお
らんぞ。お母ちゃんはね、お前を信じとるぞよ」その言葉だけを残して小樽へ帰っ
ていった。

その後多喜二は出獄したが、今度は築地警察署の特高に逮捕され、太いステッキ
で全身を殴打され、体に何カ所も5寸釘を打ち込まれる拷問によってその日のう
ちに絶命する。

多喜二の最期の言葉は「あなた方は寄ってたかって私を地獄へ落とそうとします
が、私は地獄には落ちません。なぜなら、どんな大罪を犯しても、母親に信じて
もらった人間は必ず天国に行くという昔からの言い伝えがあるからです。母は私
の小説は間違っていないと信じてくれました。母は私の太陽です。母が私を信じ
てくれたから、必ず私は天国に行きます」そう言って、彼はにっこり笑ってこの
世を去った。

御義口伝に云く「大慈とは、母の子を思う慈悲の如し」詩人は謳う。苦しみの涙
のなかでもほほえみを忘れない人。母は太陽、母は大海、母は春風、母はひまわり。
                             一色 宏

           「母」

多くの年輪を刻んできた女性たち母たちは、まったくの無名の存在だけれどもこ
の女性たちこそ、気高く勇敢で公平無私な精神を持つ健全な人たちだ。国にとっ
ても世界にとっても忘れられぬ偉大な力なのだ。   ウォルト・ホイットマン

母よ!「母」という文字を見ても 私は泣いた。「はは」という言葉を聞いても
 私の胸は痛みそしてまた 心は躍った。     某哲学者の言葉

世界の人びとが一人も残らず母を大切にすれば自然のうちに平和の世界が出来上
がる。幸福の道が創り上げられる。喜びの足並みが揃っていく。

「私たちは“母なるもの”を忘れた社会に生きています。ゆえに私たちは、もう
一度深く母たちへの真の尊敬の心を育んでいかなければなりません」サーラワイ
ダン、エマソン協会前会長「人間性の根源は、母性にあり、隣人愛の根源は母性
愛にあり、善良さの根源は女性らしさにある」   クーデンホーク・カレルギー

「苦しみの涙のなかでもほほえみを忘れない人―それはお母さん!地球が全部自
分のものになってもそんなこと何の意味もない人―それはお母さん!たとえ楽園
に住んでいてもつねに苦労を重ねる人― それはお母さん!」
           ―“母を讃える詩”コエリョ・ネット(ブラジルの作家)



    インターネットより

母」という漢字の成り立ちは「女」に2つの乳房を加えた象形文字であり、子への哺乳者、
授乳者であることを意味する。


普遍なる父の愛と母の愛 http://www.geocities.jp/chandi1813/essc10chichinoaitohahanoai.html

母の愛のこと http://yusan.sakura.ne.jp/library/hahanoai/

偏見から守り続けた母の愛 天才少年一家の軌跡
http://www.nikkei.com/article/DGXBZO42723910Y2A610C1000000/


母の愛・信仰生活の喜び http://www.isuramu.com/happiness/happiness05.htm

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母親の愛は無償の愛、妻の愛は有償の愛です http://konzennet.net/050/post-8.html

母の無償の愛を子に与えることによって、好ましいこととして、人を信じるようになり、
愛されて余裕のある分だけ相手に優しくなれ、性格も明るくおおらかになります。また、
圧倒的な母の愛を受けた人には、基本的には悪人がいないと言われています。
しかし、母親の愛を何時までも受け続け、甘やかされていますとそれが時にマイナス
になり、他人にそそのかされたり、騙されやすい性格になることもあります。また、
結婚しても母親に愛され過ぎた夫は親離れができず、自立できない夫になる可能性もあります。
母親の愛をタップリ受けた夫は、妻の愛と母親の愛の違いに戸惑うことになります。
当然妻の愛は有償の愛なのですから母親の愛と妻の愛は異質なものであります。
夫はそれに気がつかずに妻に母親の愛と同じ無償の愛を求めしまうことがあります。
この愛の異質性を自覚し、理解しておかないとそれが次第に夫婦間の亀裂となって
いくことがあります。母親と違う妻の愛を評価し、満足していけるか否かによって
包容力ある夫となっていけるか、単なるマザコン夫となるかの分かれ道になります。
なお、「夫婦の愛も限りなく無償の愛へと変化する」ことは否定するものではありません。

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母の愛が起こした奇跡! もう助からないと人工呼吸器を切られた娘にお別れのキス
→娘が息を吹き返した
http://rocketnews24.com/2012/08/24/243028/

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母の愛http://www.uta-net.com/song/116273/
  歌:米倉ますみ 作詞:中村和男 作曲:望月吾郎

素直な娘じゃなかったけれど
本当に大好きだったわ、お母さん…

母の形見の 小さなつつみ
出て来た私の 母子手帳
かすれた文字が 愛おしく
読めば涙が あふれます
心のともしび 母の愛
ありがとう ありがとう お母さん

幼いころの 病いの時も
寝ないでぬくもり くれました
苦労つらさや 悲しみに
じっと耐えて 来ましたね
轉載來自 ※ Mojim.com 魔鏡歌詞網
深くてやさしい 母の愛
ありがとう ありがとう お母さん

大切にしまってあったエプロン
これって、私の初めての母の日のプレゼントだったわね
お母さんったら、あの時泣いて喜んでくれたっけ
いつも台所にいたお母さんのエプロン姿
今でもこの目にしっかり焼きついています…

私が母に なるその日まで
夢見て来たのに ごめんなさい
見てはもらえぬ 孫たちの
命 だいじに つなぎます
大きな愛です 母の愛
ありがとう ありがとう お母さん

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母の祈り  歌:米倉ますみ 作詞:亀田康男 作曲:宮下健治

行方知れない 我が子を探し
祈り重ねる しぐれの岬
今日も立ちます 寒さに耐えて
老いたこの身で カモメにすがる
波も凍てつく ああ 日本海

お前の姿が見えなくなって
どれだけ月日が流れたことか
何処にいるの… 何処にいるの…
風よ波よ どうかお願い
早くあの子に 逢わせておくれ…
轉載來自 ※ Mojim.com 魔鏡歌詞網

風のうわさは 異国に生きる
無事な我が子を 知らせる岬
聞けば溢れる 涙の粒が
胸に零れて ふるえる身体
届け雄叫び ああ 日本海

海が鳴く度 心も疼く
影を慕いて 背伸びの波止場
踊る波間の 灯台明かり
せめてあの子に 灯しておくれ
燃やす篝火 ああ 日本海

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究極の母の愛 http://ameblo.jp/aries-misa/entry-10701441137.html

少年は両親の愛情をいっぱいに受けて育てられた。
殊に母親の溺愛は近所の物笑いの種になるほどだった。
その母親が姿を消した。庭に造られた粗末な離れ。
そこに籠ったのである。結核を病んだのだった。
近寄るなと周りは注意したが、母恋しさに少年は離れに近寄らずにはいられなかった。
しかし、母親は一変していた。

少年を見ると、ありったけの罵声を浴びせた。
コップ、お盆、手鏡と手当たり次第に投げつける。
青ざめた顔。長く乱れた髪。荒れ狂う姿は鬼だった。
少年は次第に母を憎悪するようになった。
哀しみに彩られた憎悪だった。
少年6歳の誕生日に母は逝った。
「お母さんにお花を」と勧める家政婦のオバサンに、少年は全身で逆らい、
決して柩の中を見ようとはしなかった。

父は再婚した。
少年は新しい母に愛されようとした。だが、だめだった。
父と義母の間に子どもが生まれ、少年はのけ者になる。
少年が九歳になって程なく、父が亡くなった。やはり結核だった。
その頃から少年の家出が始まる。
公園やお寺が寝場所だった。
公衆電話のボックスで体を二つ折りにして寝たこともある。
そのたびに警察に保護された。
何度目かの家出の時、義母は父が残したものを処分し、家をたたんで蒸発した。

それからの少年は施設を転々とするようになる。
十三歳の時だった。少年は知多半島の少年院にいた。
もういっぱしの「札付き」だった。
ある日、少年に奇跡の面会者が現れた。
泣いて少年に柩の中の母を見せようとした、あの家政婦のオバサンだった。
オバサンはなぜ母が鬼になったのかを話した。
死の床で母はオバサンに言ったのだ。
「私は間もなく死にます。あの子は母親を失うのです。
幼い子が母と別れて悲しむのは、優しく愛された記憶があるからです。
憎らしい母なら死んでも悲しまないでしょう。
あの子が新しいお母さんに可愛がってもらうためには、死んだ母親なんか憎まれ
ておいたほうがいいのです。そのほうがあの子は幸せになれるのです。」
少年は話を聞いて呆然とした。 自分はこんなに愛されていたのか
涙がとめどなくこぼれ落ちた。
札付きが立ち直ったのはそれからである。

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作家・西村滋さんの少年期の実話だそうです。
私は最初、結核を子供にうつしてはいけないから、わざと母親は突き放した
態度を取ったのかなと思っていました。
でも、読んでいて完全に打ちのめされました。
私の考えは甘かった。
この母はもっとずっと先を見ていたのです。
何という深い愛なんでしょう。とてもとても真似が出来ません。
そして、母の想いを息子さんに伝える方がいらした事に、感謝したいと思いました。
人生って深いです。 こんな究極の愛を知ることができた事に感謝します。

このお話は『心に響く小さな5つの物語』の第2話に載っています
心に響く小さな5つの物語/藤尾 秀昭


母の愛 具志堅昭(牧師)http://www.youtube.com/watch?v=LGj3ByxSkxI

母の愛(悲しき子守唄) 【ミス・コロムビア】
http://www.youtube.com/watch?v=Qw8BFhkvb_M


愛に就ての問題 小川未明http://www.aozora.gr.jp/cards/001475/files/51772_46423.html
母の愛ほど尊いものはないと思う。

母の愛を感じる江ピーソード
http://www.aozora.gr.jp/cards/001475/files/51772_46423.html