「赤い資本主義」は世界と共存できるか」
2016/06/13経済評論家 田中 直毅氏


 中国と発展途上諸国との関係を考えてみると、際立っているのは資源の購買力である。それ以外については中国が大きな力を持ち、国際的な経済秩序を作り上げる力を持っているとはいえない。

レベルの低い自由貿易協定

 たとえば自由貿易協定(FTA)について考えてみる。中国が中心になって作ったFTAはいくつもある。しかしその水準については、きわめて限定的なものと考えられる。

 たとえば習近平総書記と朴槿恵大統領との間で中国と韓国のFTAの枠組みが合意された。中国と韓国との間にFTAが成立するとなれば、日本流にいえば耳をそばだてるべきところだが、実際はそうではない。韓国の当事者に聞くと、その水準はきわめて低いものだという。

 高質な自由貿易協定というには恥ずかしく、内容はとても胸を張って紹介できるものではない、というのが韓国サイドの受け止め方である。すなわちFTAを結ぶものの例外も多く、関税の引き下げ率も限られたものであり、投資についていえば自由な投資の実現を保証する高い質のものではないという。

 このように、ただ額縁にFTAと銘打っただけのFTAが多いのが現実だ。そう考えると、中国を中心としてFTAの環が諸方面に伸びるという経済地図が描けないわけではないものの、その内実については経済体質を組み替え、高度化するものとはあまりにも距離があるといわねばならない。ということは、中国の周辺諸国を含めた途上国に対する関与能力はきわめて限定的なものといえる。

資源購買力も退潮

 際立っていた資源の購買にかかわっても、中国の成長屈折が明らかになるなかで、アジアのみならずアフリカにおいても現実関与能力は今後むしろ退潮すると考えられる。資源買い取り能力の低下によって、アジアの資源国、たとえばインドネシアの石炭やタイの天然ゴム、農産品についても、中国の購買力の伸びは限定的なものになる可能性が出てきた。
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 そう考えると、現状では環太平洋経済連携協定(TPP)の枠の外にいるタイ、インドネシア、フィリピンなどの国々がTPPの枠組みの中で自らを鍛え直そうという意思決定に傾斜する可能性は決して無視できない。この意味においても、中国が世界の経済秩序を作る一角にいるという認定については、すでに相当割り引いて考える必要がある。

 アフリカについても問題は同様である。中国が関与すればするほど、アフリカのそれぞれの国はより腐敗(more corrupt)し、より社会の自由度が減少(less free)する、という有名な問題規定がある。アンゴラやスーダンなどの特定の地域についてこうしたことが指摘されているが、全体的に見れば「中国はアフリカを食べ尽しつつある(China is biting Africa)」という受け止め方はきわめて強い。

 アフリカにおいては、市場における付加価値形成の高度化は進んでいるのかという視点が重要である。中国はこの地において、資源を入手すればそれで足る、あるいはインフラ・プロジェクトを作り上げ、インフラにかかわって機材の輸出さえ行うならば現地における中国人の職場も増えようというような接近法をとる。

 しかし、この地域においては、農業や軽工業を含め、新しい付加価値をどのように生み出し、そこにアフリカにおいての新しいジョブをどのように作り上げるのかというテーマが問われなければならない。

中国加盟によるWTOの変容

 2012年9月の尖閣諸島問題の勃発をきっかけとして、日本にとっての中国リスク問題が全面化した。日本企業にとってみれば、中国における売り上げ増の魅力は際立っていた。2003年を起点に2011年までをみれば、日本企業への成長寄与度をとってみると、中国市場の持った意味は大きい。

 この点については、中国経済の規模を2003年と2011年で比較すると、3倍以上になっていることからも明らかである。この期間の成長増分を世界単位で計ると中国の占める割合がきわめて大きい。とりわけ鋼材、セメント、塩化ビニールなどの建設用資材についていえば、世界の増分の5割から7割を中国市場が占めていた。
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 したがって、中国依存の拡大がもし危ういとすれば、中国における売り上げ増をどのような企業形態を通じて図るのか、またどのように関与を制御していくのかについて各企業は真剣に考えざるをえない。こうした中国リスクの解剖を手がかりに、中国による通商秩序の形成をめぐる問題点をここで具体的に取り上げよう。

 まず、2001年に中国が世界貿易機関(WTO)の構成者になったことをきっかけとして、WTOの内側からの変容が起きているのかどうかである。これはちょうど第2次大戦後、連合国がそのまま国連の安保理常任理事国として新しい秩序の担い手になったことと呼応しているかもしれない。
 実際のところ、国連の機能不全はシリア問題の処理が進まないことからもすでに明らかだ。国連中心主義を伝統的に掲げてきた日本外交にも、国連の場で世界にとって必要なことが決められない事態に対する大きな焦りがある。そして国連という場で世界の問題の仕分けができなくなった米国にとっても、国連の実質上の機能崩壊に対してどう対処するのかという課題が浮上する。

 そして建て前と実態との乖離という点では、WTOの加盟国となった中国がWTOの枠組みを内側から変化させてきたという面が気になる。こうした歴史の単位での秩序維持システムの盛衰に、次第に世界の目は注がれつつある。

 このテーマを2つに分けて考えてみたい。ひとつは、WTOが掲げている内外無差別の原則が相次いで損なわれているという点である。もうひとつは、中国に見られる国家資本主義(red capitalism)そのものがWTOと共存しうるのかという論点である。

内外無差別の原則の相次ぐ違反

 第1は、内外無差別の原則(national treatment)が中国によって次々と崩されていることに対してどう考えたらよいのかという点にかかわる。尖閣諸島問題をきっかけとして、とりわけ日本製品や日系企業に対してこのことが大きな障害として浮上した。しかし、とりあえずこの問題は脇に置く。
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中国における内外無差別の原則の無視は、次に挙げるように、世界的に見てすでに目に余るものである。そういう意味では、反中国あるいは中国の行動に対する違和感の表明は、南シナ海における覇権主義的行動や尖閣諸島問題をきっかけとした反日暴動の以前から世界の中ですでに広がっていたといえる。

 まず、規制や審査の恣意性が指摘できる。中国の内部においても党幹部による恣意的指示によって経済における指導方針が変えられている以上、このことは中国の政権当事者にしてみれば特段違和感のあることではないだろう。しかし実際には、内外無差別の原則を無視した規制の恣意性が際立っている。

 たとえば、進出企業による営業店展開に関する政府規制がある。沿海部から経済発展の遅れた西部へと経済進出を誘導すべく「西部大開発」が唱えられる。これに協力するかどうかで全般的な店舗展開の余地が決まる、と進出企業には受け止められている。

 政府調達についても、その原則は依然として開示されていない。2008年から2009年にかけて行われた4兆元という巨額な政府プロジェクトも、政府調達にかかわる原則を欠いていたがゆえにその実施にあたって、非効率があったのみならず、新しい時代を切り拓くものに何ら結びつかなかったと総括することができよう。政府調達における原則の確立がないことにより中国自身も自らの利益を損なっているが、外国系企業にとってみれば、経営方針を確立する上できわめて難物といわざるをえない。

 また、差別的取り扱いを当然とするような政府指示が次々と出されることも、中国政府はインサイダーとアウトサイダーとを区別しているという自覚はないかもしれないが、WTOの原則を内側から崩しているという事実に相違はない。

 さらに、グローバル競争の中で世界の各企業は国境を越えた合併・統合(M&A)の実施を行い、経営資源の選択と集中を図っているが、中国ではM&Aにかかわる許認可のスケジュールがまったく不明で、またその許認可原則がいかなるものかが容易には察知できない。

 日本、米国そして欧州連合(EU)においては、市場占有率その他の基準を使い、個々のM&A行為がこうした競争秩序を根底から損なう可能性がない場合、許可を出すのは当然である。いささか疑問があるケースについては事前に合併条件に部分的処理、たとえば一部の事業部門の売却などを付すことはある。
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ところが北京についていえば、商務部にこうした申請書類が出て以降、どれだけの時間内にどういう決定が出されるのか、その不確実さはきわめて高い。これも中国の当事者にしてみれば、国内企業に対しても基準を開示する義務もなく、慣習もないことから、海外企業が提出した事案についても、あえていえば、内外無差別に手続きの不透明性を貫いているにすぎないということになろう。

 しかし、世界的にみた経営資源の効率的な使用についての国際的合意が進むなかで、M&Aの許認可手続きが恣意的に行われていることに対してどう考えるのかというテーマが残る。

 さらに、投資の自由、営業の自由は世界の大きな流れであるにもかかわらず、中国では、この面においても実質上の制限が強く残っている。たとえば、中国政府が認定する重要産業については50%以上の持ち株比率を海外企業が持つことは今日においても阻まれている。このような差別的措置がどのような時刻表の中で変更されるのかについて、中国政府は今日まで何らのコミットもしていない。

「赤い資本主義」とWTO

 このように、中国をWTOのインサイダーにしたことをきっかけとして、WTOの原則が世界第2位の巨大国によって内側から変更されつつあることにどう対応すべきかというテーマが世界的に浮上した。世界の秩序は、第2次大戦後の流れの中で新しい局面を迎えつつあるといわざるをえない。そうしたなかで、中国の「赤い資本主義」と呼ばれる国家資本主義そのものをどう捉えたらよいのかというテーマも同時に生まれた。

 中国の超高速の経済成長は、世界中のあらゆる経済人に中国の未来市場にかかわって、高い購買力の発生を印象づけた面がある。ここから購買力を背景として、中国の政府諸部門による介入が繰り返されることが続いた。

 このことのゆえに、初期には中国政府に対して強くは出られないとする対応が世界の企業に生じた。日系企業がそうした購買力を背景とした政府介入に対して戦いきれなかったのみならず、世界を代表する米国あるいはEUの企業もこの点についてはまったく同様であった。

 そこで、購買力を背景とした介入への対応が問われるとともに、わが国の個々の企業にとっては、中国の介入を嫌う「嫌中国」という気分が広まった。

 また、世界では知的所有権の尊重は当然のこととされているものの、この点についての実質上の理解が中国の内部で広がっていないという問題もある。中国投資を行おうとすれば、多くの場合、個別の知的所有権にかかわって実質上の移転を強制されるという事態が生じている。
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 さらにサイバーセキュリティー問題も発生している。典型的な事例は、中国がステルス戦闘機を発表した際、その映像を見た米国のステルス戦闘機メーカーが知的所有権にかかわるすべてが窃盗の対象となっていたことを認識せざるをえなかったというものである。

中国異質論を封じ込められるか

 これは具体的なスパイを使って青写真を入手したのではなく、サイバーセキュリティーを乗り越え、知的所有権をネットから引き出した例である。中国で突如登場したステルス戦闘機は、サイバーアタックが知的所有権にかかわってどのように行われているかを如実に示したのである。
 このようななかで当然、中国は異質だとする考え方が登場する。かつて日本に対しても、こうした異質論(リビジョナリズム)はあった。自由貿易システムに時間の経過とともに馴染むであろうとその扱いを大目に見ていた米国の経済交渉担当者が、時間の経過にもかかわらず日本が自由貿易の担い手となったとの認定ができなかったことから、日本異質論の登場に至った。

 これについていえば、日米間の幾多の交渉があり、日米構造協議(SII:Structural Impediments Initiative)を通じて日本側がこの異質論を結果的に封じ込める努力を行った。そして現在では、中国異質論の封じ込めは容易なことではないという認識が世界の中に広がっている。

 TPPの持つ戦略性はここにあるといってよい。中国がTPPの枠組みに入ると決意するに至れば、異質論を中国の内側からの改革措置を通じて封じ込めることもできよう。このためにもTPPの枠組みは戦略性を帯びることになった。

 このように中国の国家資本主義の個々のプラクティスの是正は容易ではない。国際仲裁システムを通じて変更を迫ることが可能だとする立論もある。しかし実際には、国際仲裁システムの稼働については、よほどの交渉力のある当事者でなければそうした救済条項を契約書に入れることには成功しないだろう。これまでも国際仲裁システムを通じて中国に反省を求め、その成果を通じて中国のシステムを変えることに成功した事例を数え上げることはできない。

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田中 直毅著 『中国大停滞』(日本経済新聞出版社、2016年)第6章「中国は世界秩序を生み出せない」から
価格:1,944円(税込)

田中 直毅(たなか・なおき)経済評論家。
1945年生まれ。1968年 東京大学法学部卒業。1973年 東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。国民経済研究協会主任研究員を経て、1984年より本格的に評論活動を始め、現在に至る。1997年 21世紀政策研究所理事長。2007年より国際公共政策研究センター理事長を務める。『手ざわりのメディアを求めて』『グローバル・エコノミー』『日本のヴィジョン』など著書多数。
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  中国 大停滞■Twitter http://mx4.nikkei.co.jp/?4_--_50211_--_15380_--_2
田中直毅 著定価(本体1,800円 +税)四六判 上製 344 ページ 2016年3月発売

1回限りの大成長の後は長期停滞の罠が。興隆プロセスそのものに挫折の芽は潜んでいた。驚くべき失速の真因と厳しい展望。
おすすめポイント

■中国経済の失速は短期的な調整過程では終わらない。長期にわたる停滞への入り口にすぎない。積み重なる過剰生産能力、不良債権、金融リスクの解消プロセスについて、党の指導層は明確な具体策を持ち合わせていない。
■投資主導型から消費主導型経済への転換、イノベーション、都市化による経済発展を軸とする習近平改革、「新常態」への移行は失敗に帰するだろう。中国は、「中所得国の罠」から脱出することはできない。「結社の自由」を認めず、市場のはたらきを理解しない指導層の下では、 発展の芽が押し潰されるという基本的な限界があるからだ。その意味合いは、日本の近代の経験との比較から浮き彫りにされる。
■中国のGDP統計も、また、より実態に近いとされる「李克強指数」も現実を映してはいない。独自の経済動向をとらえる指標を開発、早くから中国経済の変調を指摘してきた著者が、中国が抱える問題を、経済はじめ、政治、歴史、日中近代化の比較を通じて、より幅広く、深く解き 明かす。
■1970年代後半の�トウ小平台頭期以降、中国の知識人を中心に40年近くにわたる幅広い交流を重ね、中国社会の発展、変貌ぶりを冷徹に観察し続けてきた著者による初の中国論。

目次
序 章 中国経済 危機の構図
第1章 長期停滞の10年に向かう中国
第2章 凄まじいバブルの崩壊
第3章 膨れ上がる金融リスク
第4章 集権国家の罠:習近平改革の限界
第5章 中国は世界秩序を生み出せない
第6章 日本の近代が照らす中国のいま
第7章 日本は中国にどう向き合うのか