「色即是空」の体験「東北大震災復興支援集会」に参加して)

復興集会の運営に工夫を!

先月8月6日(2011年)「東北の農業・林業・水産業復興支援集会」と題する被災地
での集会、主催者側から、
1週間程前になって「出展する会社が少ないから」との依頼を
受け、被災地で活動している企業に呼び掛けた所、全く急な呼びかけにもかかわらず、
3
社が応じてくれ、合計
10社が出展した。ところが数回司会者から展示会場のアナウンス
があったようですが、途中で帰る人もほとんど展示会場に立ち寄らなかった。
4時間半の
集会の休憩時間はわずかの
15分、幾人かの市長さんを展示会場に小生が直接ご案内し
た。大変感動してくださった。今回出展している会社は被災地を支援している企業がほ
とんどで、自社ならではの専門技術を持って貢献している。多忙な活動時間を割いて、
10万円もの展示費用を払い、パネルを準備して出展したのにほとんど立ち寄る客が無
い。小生は矢も楯もたまらず、「壇上の講師の先生方を含め、参加者の皆様にぜひ展示
会場を立ち寄ってくださるように!」緊急動議を致しました。少しでも出展会社の皆様
にご満足をいただけたけるよう努力しました。しかし、それでも展示場に立ち寄る人は
少なく、途中帰ってしまった企業もいました。「
復興支援集会」と題した被災地での集
、文字通りの趣旨なら集会の運営にもっと工夫があってもよいのではないか?休憩時
間をもっととるとか31もの市町村長に1人3分ずつ話させても
1時間半、フロアーを、
巻き込んだパネルディスカッションにした方が良かったと思う。また復興担当大臣や林
野庁長官を始めお偉方が次々にスピーチ、終わるとすぐトンボ返り、話はテレビで聞く
のと大差なく、民主党、政府主導と言う割には官僚以上の上意下達、民衆と目線の違い
が際立った集会であった。


  小生は昨年の8月まったく同じ時期、大型プロジェクトを担当し、予算が零の出発で
ありながら、半年で
5000万円相当の国際会議を20分の1以下の経費でこなし、感動的
な出会い数々、成功裡に終えることができ
「その成功の秘訣は第1に命ある中
心人物の存在
(命の無い種にいくら肥料を与えても、無精卵を温めても無意味)、第2
多くの人々の共感を呼べるビジョンの創造、第3にこの大義の旗印の下に人々のネッ
トワークをはかること
である」との確信を得ました。国や企業においても同じことが言えると思う。

今回の集会では市町村長の真摯な訴えが印象的であった。しかし、人々がやる気を起
こし、心を束ねるという点では落第でした。主催者側にそのことを話すと「目的は政府
への政策提言」との返事で唖然としました。復興支援集会とは全く名目だけで、羊頭狗
肉のこの集会、政策提言に民間企業の熱い思い、現場の切実な心情に対する配慮が欠落
していた。

  
 中心人物(主催者)の私心の無さが非常に重要と思われます。人のことはよくわかっ
ても自分のことはなかなか見抜けないものです。自己の虚栄心な自己満足の為に大きな
仕事をやっている人も時折見受けられます。以下小生が集会後体験した出来事を通して
の悟りについてお伝えいたします。
 

「色即是空、空即是色」の体験

懇親会が終わり後始末をしていざ帰ろうとした所、事務局に置いていた小生のショル
ダーバックが見当たらない。現金、通帳、クレジットカード、免許証、保険証等、中で
も8千人を超すザウルス電子手帳がもっとも大切なものであった。スタッフの人々が
チェックしてくれたが出てこない。仙台に一泊し、何人かの同志に会って翌日帰京する
予定であったが、すべてキャンセルせざるを得なかった。仙台の交番に喪失届けを出
し、お金も全く無いので東京に返るスタッフの車に乗せていただくことになった。車中
この意味をどう捉えるべきか沈思黙考した。

「今回の事件、天は私に何を悟らせようとしているのか?」心を静めて車の中で祈っ
てみた。すると展示会場で事務所に最も近い展示をしていたグループのことが頭に浮か
んできた。「万が一」と思って頂いた名刺を取り出し、携帯電話番号があった社長さん
の名刺が出できたので、夜も
11時を回っていたが電話をすると、その社長も帰京の途中
で、次の休憩所で車を留めて知らせてくださった。「おそらくだめだろう!」と思いき
や「あった!!」。社長は相当先を進んでいらっしゃり、さらに先の合流できそうな休
憩所で待って下さり、バックを受け取ったのは実に午前
2時過ぎであった。カバンには、
マンションの鍵も入っていたのでお蔭で午前
3時半には事務所に戻ることができた。

 小生にとって今、最も大切なものはこのショルダーバックであった。1時的にでもこれ
を取り上げられた時どうなのか、今日の市町村長たちの決意、震災ですべてを失って復
興に取り組む被災地の人々のことが思い起こされ、最悪を覚悟していたので感動は一入
(ひとしお)であった。

52年前、天命を探し、4年後、天命を知り、48年間完全投入してきた。今もう一度天
と焦点があっているのかを問われているようにも思われた。小生は長年築かれた人脈を
生かして東京で日本救済の仕事に賭けようとしている最中の思わぬ出来ごとであった。
小生はすべてを投げ出してどこでも行けるフリーハンドを持って天の声に答えたいと改
めて思う。おそらくこれが人生最後の調整(アジャストメント)になるかも知れないか
ら。
                      以上
                                        2011.8.7