「天地の架け橋」今は、文明の大転換期! 
                       2017/08/13 13:21 [e-mirai:0170]

敬愛する諸先輩の皆様、大脇です。
今日は入盆、6月23日の慰霊の日、8月6日の広島平和記念日、8月9日の長崎原爆の日、そして
8月15日には終戦の日を迎えます。平和への祈りを込めて慰霊の旅のご報告を捧げます。

 1)先祖を訪ねて
   5月16日は、母(尾脇弘子)の13回忌でした。母の松田姓は因幡だけでは無く、備前松田、
  相模松田と全国的なつながりがあることがわかりました。
  供養の一助になればと、ルーツ探しを続けています。今回h、出雲松田氏を訪ねた。備前玉松
  会の松田充弘会長の行き届いた手回しで、8月4日は松江市の美保館の定秀哲也氏を訪問し
  ました。源平合戦、石橋山の戦い(1180年8月)で、源氏の東の総大将、松田十郎藤原貞秀が
  落ちのび、定住したのが美保館のルーツ。松田秀郷流、波多野義通が、1230年に松田姓か
  ら定秀姓に改名。 今年一番の猛暑の中、定秀哲也氏は館内、菩提寺、美保神社等をご案内
  ださった。美保館は伊藤博文が山口から京都へ行く下船した定宿。 博文の揮毫もあった。
  また島崎藤村や高浜虚子、湯川秀樹の障子に書いた詩もあった。今回松田会長より、白鹿
  城、十神城、富田城城址や菩提寺、遺族の方々をご紹介いただいたが、諸般の事情からその
  一部しか回れなかった。
  高校時代のクラスメート中村君(島根大名誉教授・英文学)が時間を取って、案内をしてくれた。
  白鹿城の城主、松田滿久の廟を探した。しかし、観光案内所、近くの公民館も当たったが見つ
  からなかった。2時間余探して人づてに地元の教育委員会を紹介され、地元の方が案内して
  下り、ようやく判った。とても初めての人が探すには難しい、島根大学農場の中の草むらの一
  廓であった。案内くださった地元の原田さんによれば、村の人が献花を絶やさず、病気と悩む
  ことがあると、ここにお参りするとのこと。 今回は松田満久公の慰霊のみに終わったが、血の
  つながりは500年、1000年の歴史を超える。 今回小生は、母の里は、因幡から備前、相模へ
  そして今回出雲へ、小生が今暮らしている伊豆はおろか、全国へとそのつながりが広がって
  いることを発見し驚いている。土光敏夫氏、八千草薫さん、波多野敬信先生も同族であること
  も分かった。 今回出雲探訪で痛感したことは、尼子と毛利の狭間にあって親族同志敵味方
  になって戦った。父方の尾脇は、毛利方で山中鹿之助と戦った記録にある。母方は尼子、した
  がって父母は怨讐を超えた結婚であったわけである。  
   
2)脚下照顧(「忙しい」から「悟り」へ)
  これだけ多くの犠牲を払いながら、吾々はいまだに戦争を続けている。
   なんと馬鹿げたことであろうか!生存競争、力が強いものが弱者の生き血を吸って生きてき
  た人類歴史。動物の世界と同じだ。ただ人間の世界はそのような暗黒の世界にも人倫・道徳を
  希求し、だんだんと暗闇から抜け出ているようにも思える。法を立て、強制力をもって治安を守
  ること、道徳心を高めること、福祉・経済援助の試みもある。
   21世紀の現代、我々は、いまだ国家間の戦国時代の真っただ中にあって、世界統一平和を
  祈願している。戦国の世がと統一されたように、世界も統一され、いずれ遠くなく、国家の戦争
  の無い、平和な世界が訪れることであろう。
    人間のいかなる試みも、最も身近な人体構造にも及ばない。最も身近な集団から国会、国
  連に至るまで、民を忘れた私利・私欲、党利・党略が徘徊している。地獄のような世間にあって
  も、人体は、右手と左手がけんかをするのか? 60兆をこえる人体細胞は一糸乱れぬつながり
  を持っている。細胞一つの痛みも全身の痛みとして瞬時に伝わり、全力で治そうと働く。 動脈・
  静脈、栄養の吸収と排泄、またその循環が永続を確かなものとする。
  交感神経と副交感神経は2進法だ。血液の循環と神経の働きは、交通網と通信網の発達と相
  似する。人類の難問題解決の秘訣は身近な自分に学ぶことにある。
  「忙しい」から「悟り」へと「脚下照顧」を教えているように思われる。

3)今は、文明の大転換期(物から心へ、切るから結ぶヘ)
 
近代文明の欠陥の最たるものは、生命のつながり、縦線(親・先祖)を切断して、横線(兄弟・友人
・同僚)だけでやろうとすることにある。無精卵、切り花は時間と共に腐敗へ向かっている。「コギト・
エルゴ・スム:われ思うゆえに我あり」は生命原則を無視した誤った考えであることに気づくべきである。
主体意識から対象意識、「生きてるから生かされていることに気づく」こと、観のコペルニカス的大転換
である。
 第2に自立と共に、あるいはそれ以上に連体(協調・支援)の2重目的性が重要だということである。
社会の平和は全体性を優先しないと保たれないからである。
勿論、自立の志あるかどうか、個人の自覚も重要である。小林先生も「がん治療は人任せだけではなく、
自分の健康は自分で守る自立の気概を持て!」と強調されていた。
  存在とは個物(粒子)であると同時に関係性(波動)である。個物を追及した西洋は科学技術を
 発展させた。関係性に重きを置いた東洋は、集団(親族・民族)の力で平和を実現しようとしてきた。
 しかし、いずれも人類の究極の願いである平和の実現には、未だ成功していない。ではどうしれば
 よいのか?個と全体の調和は今だ未解決の人類的課題の1つである。
  第3に物と心の一体性(物心一如)に気づくことである。 
「道徳なき経済は罪悪であり、経済なき道徳は寝言である」(二宮尊徳)、「7つの社会的大罪」
(M.ガンジー)。
  西欧科学技術文明の反省としての「科学と価値」(ICUS)、聖賢の教えは「行き
過ぎた物質文明から精神性を取り戻せ!」との良心の叫びに聞こえる。 
 小生は去る7月9日、吉田昌郎氏の第4回の命日「原子力と平和」と題して追悼講演をした。
   「講演レジメ」

   今回ルーツの探求で新たな発見をした。お世話になった波多野敬信先生や土光敏夫氏、
  八千草薫さんも同族であることが判明した。また小生の父方も母方も秀吉の軍勢に滅ぼされ、
  朝鮮への害をなしたことはないと安堵していたが、歴史をたどれば、同族の中には、朝鮮出兵
  の大将も発見した。 以前にも増して朝鮮問題の責任をより感じることとなった。より贖罪の
  意味を込めて、新しいに日韓関係の構築に取り組みたいと思っている。
    我々は今、文明の大転換期に立っている。近代を導いた個人主義の時代は先祖や後孫
  (縦線)を無視した自分中心の時代、いくら兄弟愛(博愛・自由民主主義:横線)を主張しても
  それは所詮、命のパイプを切断された切れた切り花に過ぎず、早晩、枯れて大地に帰ることは
  目に見えている。
   シュペングラーが『西欧の没落』を唱えて久しい。危機に陥った西欧個人主義・科学技術文
  明)を東洋の共性共栄共義(家族・精神文明)主義で救済し、東西がともに生きる太平世代を
  築く秋(とき)が来ている。

   最近、若き求道の時代、心の持ち方がどれほど重要であったかを思い起こしす。いつも「ま
 だ半分あるなあ」と思いつつも経文を読経することの多かった小生が、ある篤信なおばさんの
 一言が、心にしみて、心を込めて先祖に読経を捧げたとき、涙が溢れ頬を伝わる。経文の文字
 が光を放って飛び出し、涙と混じって、私の心にすっぽりと入った体験をしたことがある。小生は
 その経文に秘められた奥義を霊的に感じ驚愕し た。
  今も「何となく」という心の世界の動きの重要性を痛感している。この心の無意識の深層心理の
 世界が過去や現在の人々とつながっていることを感じさせられるこの頃である。良き先祖供養、
 お盆でありますうように!
   
      8月13日早朝  大脇 準一郎

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読者の感想より 2017.08.19

  敬愛する諸先輩、同志の皆様、大脇です。
先日8月13日蛮勇を奮ってお送りした「世界平和への天地の架け橋」に対して、思いがけない
まごころあふれる共感のメールを賜り、ありがとうございました。
お一人ひとりに返信したいのは山々ですが、時間が取れません。また個人的なことをグループ
メールで公開することも気が引けます。そこで抽象化してお礼に代えさせていただきます。

 長年国連にお勤めであった先生から、「平和への祈りを込めて慰霊の旅」という格調高い
お便り、いただき恐縮です。小生の場合、大兄には遠く及びませんが、最近偶々若い友人の関係
している未だ非公開のフイルム(「コスタリカの奇跡:積極的平和国家のつくり方」)を鑑賞する
機会があり感銘を受けました。コスタリカは国是として戦争を廃止してから既に何十年も経過して
おり(その意味で同国人にとっては「平和」と言う語しか存在しない由)、国際平和大学の本拠地
でもあることはご承知の通りかと思います。」

 毎年夏にはNYのお帰りになる国連OBの先生からは、「ルーツ探しの旅からのお便りを有難
うございました。 非常に興味深いものでありました。一筋に生きておられる お姿に敬意を表しま
す。」とメールをいただきました。

 地球環境問題解決のために東奔西走されている国連OBの先生からは、「いつも地球憲章
に基づくミュジカル「Our Blue Planet」をご支援くださり、ありがとうございます。国籍を問わず犠牲
となったあらゆる人々へ、心底から追悼の意を捧げると共に、戦争、武力紛争という人類への最
大の反逆行為を糾弾します!一昨年秋の国連総会で採択された持続可能な開発目標(SDGs20
16-30)が掲げた第16目標「恒久平和の実現」を含めた有機的に相互関連した目標の総ての
国内外での達成を目指して、地球市民の皆さまと共に、その決意を新たにして、全力投球しま
しょう。その一環として先日、国連大学での会合で呼びかた小生のPPTを添付しましたので、
ご自由にご使用ください。」「 SDGs推進と日本経営陣の役割」

 国連認証NGO団体代表の方からは、「まるで歴史の教科書を読んでいるような、内容でした。
母上の供養から始まったこの旅は人間のルーツ探しにもつながっていくのですね。 今年は、NY
・カナダ公演が行われます。 北方領土は帰ってきません。尖閣も、その他も皆日本ではなくなる
でしょう。そして日本の上空をミサイルが飛び、迎撃などできないので、野蛮な人の思い通りにな
る。 言葉とか、心で平和はつくっていけるのでしょうか。 難民も、皆、受け入れるのはいやです。
でも日本にももう100万を超える外国人が就労しています。新宿にいるとそれが良くわかります。
ITの頭脳はもう何年か先に人間を超えます。 遺伝子の操作も行われます。昔いなかった小さな
犬を抱えて歩いている日本の若い人は、遺伝子操作で犬という動物を思うがままにしています。
台本を考えながら、ITの技術が、核弾頭を制御してくれるようにならないかなと、考えいます。
原子力を禁止すれば, 10億人の人が電気を使えない現状があります。 ではどうしたら良いのか。
先進国のみが集まって会議をしても世界は一つになんかならない。あまりにも途上国との文明開
化の差が開きすぎているからです。」と。

 長年、NGO 活動を共にしてきた仲間からは、「何時も文面に衝撃を受けています。
過去帳、未来像、自己の人生地図も未完成の侭です。せめて次世代に繋げる姿勢を持ち続けて
行きたいと思います。」とありました。

E-miraiについて(グループの意義)

 「e-mirai:良い未来」は現在、937人のグループメンバーです。かつて、2014年8月までは
優に1200人を超す陣容でしたが、10年余使ったヤフー・サーバーが閉鎖され、新しいサーバーに
移行せざるを得ませんでした。新しいサーバーは、使い勝手が分からず、グループの皆様には
大変なご迷惑をおかけしました。特に海外出張中の有識者の諸先生方から海外でメールを受信
すると法外なデーター量をサーバー会社から取られるので、(小生も昔、2度ひどい失敗をしたことが
あります)大変でした。その折、一割強の大切な人脈を失ったことは慚愧に堪えません。
 今残ってくださっている諸先生方は、核分裂のような迷惑メールの嵐に我慢して未来を信じて残
ってくださっている貴重な方々です。小生が今までお会いした方々の名刺は優に3万枚は下り
ません。そのうちのごく一部の心に残る人々とのネットワーを積み重ねてきたのが、「e-mirai」の
コミュニティーです。

ネットワーク

 今まで何度かロバート・ミュラー博士の「ネットワーク」の詩をご紹介してきました。
1986年9月、全くの偶然、で国連本部でミュラー博士にお会いしました。翌月の10月、ジェーコブ
センター(NY)でのNGOの世界大会があり、ミュラー博士は基調講演を引き聞き受けてください
ました。フランスでレジスタンス運動をしていた博士は、ゲシュタポに捕まる寸前、屋根伝いに
逃れ、米国に亡命したドラマティックな歩みを証てくださいました。3代の国連事務総長に仕え、
「Mr. 国連、国連のフィロソファ-」と称された方です。とても気さくな方で、NY郊外のご自宅に
ご招待くださいました。その折、コスタリカの国連平和大学構想、グローバルエデュケーションの
話を熱っぽく語られ話されました。その時いただいたコアーテキストがこの度書庫から出てきました。
1981年6月、コスタリカで第4回世界大学総長会議が「高等教育を通じて世界平和の実現を!」
テーマに開催されたのでコスタリカの事情はよく理解しています。
 ミュラー博士の主張されるように、「ネットワーク」は国連の理想を実現する鍵です。
小生は「高邁な理想」と「果敢な実践」と併せ、ネットワークは世界平和実現のキーワードだと思っ
ています。1973年、ローマクラブ東京会議に吉開専務理事よりご招待を受け、国際会議に参加
し多くを学びました。その時ある参加者が時代を動かすキーワードは、「価値・システム・技術だ!」
との言葉は今も鮮明に覚えています。 
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縦線(生命線)の重要性(親・後孫・先祖・天皇・神) 2017.09.06

 「自由・平等・友愛」のスローガンに代表される近代文明は、個人主義、民主主義、資本主義の
横線であった。旧態依然とした伝統社会(縦社会)を変革した。社会に活気が漲り、特に科学技術
の発展は驚異的であった。我々は近代化の文明的恩恵に浸り、全知・全能と信奉してきた神を忘
れる程である。既に、20世紀初頭から多くの文明論者がこの西欧近代文明のひずみを予言して
来た。小生はこの夏、西欧文明の蔭て見失われつつある伝統的視点を身に沁みて体験すること
となった。

 今年は母の13回忌であった。最近、母方の先祖は備前岡山の松田氏であることが判明した。
去る5月中旬、城主の松田元輝の次男と三男の後孫が450年ぶりに再会し、先祖(三男)が隠れ
住んだという竹林公園(八頭町)のログハウスで一夜を共に明かした。松田氏は、相模松田、
出雲松田等、全国的繋がりがあることも知った。備前松田の会(玉松会)、松田充弘会長は、
全国の松田家系を巡礼
され、家系図や歴史書を集め、膨大なコピーを関係者に送ってくだ
さっている。親がいるから兄弟の絆も強い。 
 今回、お盆は郷里で過ごした。小生は兄として生まれながら姉妹には何もしてやれなかった。
それにもかかわらず、近くに嫁いだ2人の妹が交互に食事を運んでくれた。これも母の愛の
記憶があったればこそであった。身近な親や先祖、子や孫は“縦線”。天皇陛下は日本国民
の親、神様は人類の親、縦線(命)の延長線上にあるとも言える。この縦線を第1にしなければ、
親が亡くなれば兄弟愛も希薄となり、いとことなればさらに希薄、四親等ともなると他人と変わ
りなくなる親族も多くなった。縦線を忘却した横線社会は、バラバラになることは必定である。
 近代文明の主流であるアメリカ文明は典型的な横型・兄弟文明である。アメリカで生活した
東洋人が受ける強烈なカルチャーショックは、子供が父母をファーストネームで呼ぶ平等の
生活習慣であろう。「自由・平等・友愛」が染みついている。今、必要なことは、横線もさること
ながら、縦線を生命視、もっと重視することである。結局は、人類の親として神を見出すこと
こそ世界平和の基であると言えよう。(参考:「この宇宙的な力は愛」  「We are the World」