西原春夫先生、
毎年手書きの年賀状を下さるのに、今年は何かあったのかと思っていましたら、先生の訃報を知り驚いています。
西原先生との出会いは、18年前、桜美林大学のパーティーでした。先生はご帰宅されたのは、おそらく夜10時過ぎだったと思います。それから小生にお書きくださった筆書きの和紙のお手紙は今も大切に保管しています[i]。「お金がなくても、人が手伝ってくれようが、くれまいが、世のため、人のため何ができるか?」そのほとばしりが未来構想のシンクタンク、地球市民機構のグローバルな市民運動でした。それが先生との出会いとなりました。先生がまごころの籠るお手紙を下さったのも、先生の巨大なボランティア精神が共鳴、共振し抑えがたい衝動からであったと思います。未来構想フォーラムで何度かご講演くださり[ii]寸志をお渡ししようとしても、いつも「活動資金にしてくれ。」とお受け取りになりませんでした。 奥様が他界された折、先生は長年、住み慣れた町田から今の杉並へ引っ越されました。その理由をお聞きしたとき、「家内のことを思い出して先へ進めない。心機一転するためだ。」との言葉をお聞きした時の感動を忘れることができません。先生からいただいた奥様追悼の栞、小冊子、今も大切に保管しています。
ご伴侶に対して我々凡夫の及ばない情愛の熱い先生ですので、ご令息の急死にどれほど心をお痛めであったことでしょうか! 小生の父は41歳、母33歳、長男の小生が8歳の時、交通事故で突然他界しました。「死後どうなるのか」、生の意味を真剣に探求するようになったのはその影響が大きかったと思います。「運命」「宿命」とともに「立命」と意義を安岡先生がおっしゃっていますが、歴史に名を留める人々は、天命を知り、環境に抗して「立命」に生きた人であったように思われます。
いつも近くの武蔵野中央公園を散歩するときに、70余年前は中島航空、ゼロ戦製造の工場の跡地、戦災で百数十名の方が亡くなられている。その地で今は家族が憩っている。いつ平和の世がくるのか西原先生が青年時代を過ごされた当時を思い感慨に浸っています。
西原先生のご冥福をお祈り申しあげます。
2022年2月28日
NPO未来構想戦略フォーラム/地球市民機構
共同代表 大脇準一郎 拝
[i] 西原先生からのお手紙 [ii] 第35回 「日本の新たな平和国家戦略」
第40回 「21世紀日本の平和構想」 *「天下一人を以て興る」 西原春夫
西原先生_岸田総理を励ます(官邸)
西原春夫元総長が1月26日、ご逝去されました(享年94歳)。
1951年に早稲田大学第一法学部を卒業、法学部教授、常任理事等を経て、
1982年から1990年まで早稲田大学第12代総長として、大学に多大な貢献をなされました。
今日の早稲田の発展へのご功績に改めて感謝いたしますとともに、謹んでお悔やみ申し上げます。
喪主 西原恭子様(故長男ご令閨)
氏名:西原 春夫
生年月日:1928年3月13日 出身地:東京都
経歴:
学校法人早稲田大学元総長(1982年~1990年)
早稲田大学名誉教授、名誉顧問、名誉賛助員
元法務省法制審議会(刑事法特別部会)幹事
元法務省司法試験考査委員(刑法)
学校法人国士舘元理事長(1998年~2005年)
一般財団法人アジア平和貢献センター理事長(現職)
表彰歴:2007年 瑞宝大綬章ほか専門分野:刑法学
連絡先:早稲田大学総務部総務課
[ii] 第35回 「日本の新たな平和国家戦略」 第40回 「21世紀日本の平和構想」
*「天下一人を以て興る」 西原春夫
西原春夫元総長が1月26日、ご逝去されました(享年94歳)。
1951年に早稲田大学第一法学部を卒業、法学部教授、常任理事等を経て、
1982年から1990年まで早稲田大学第12代総長として、大学に多大な貢献をなされました。
今日の早稲田の発展へのご功績に改めて感謝いたしますとともに、謹んでお悔やみ申し上げます。
喪主 西原恭子様(故長男ご令閨)
氏名:西原 春夫
生年月日:1928年3月13日 出身地:東京都
経歴:
学校法人早稲田大学元総長(1982年~1990年)
早稲田大学名誉教授、名誉顧問、名誉賛助員
元法務省法制審議会(刑事法特別部会)幹事
元法務省司法試験考査委員(刑法)
学校法人国士舘元理事長(1998年~2005年)
一般財団法人アジア平和貢献センター理事長(現職)
表彰歴:2007年 瑞宝大綬章ほか専門分野:刑法学
連絡先:早稲田大学総務部総務課